中堅の冒険者として
3人が冒険者として生活を始めてから数年が過ぎた。既に同期の半数程が廃業か死亡している。10年経つと同期の9割がいなくなると言われる冒険者家業だが、それはトム達についても同じことが言えた。最近では毎年のように減ってゆく同期の話に慣れてしまい、特にこれといった感情を抱くこともなくなった。
相変わらず依頼の達成率はぱっとしない3人であったが、一応は冒険者として数年間生き残っていることから、そろそろ中堅の冒険者として見られ始めている。凄腕の冒険者というわけではないので新人冒険者に大きな態度はできないが、最近では後輩に冒険者の心得などを教えるようになっていた。やはりどんな仕事であっても、経験が物を言う場面があるのだ。
そんな3人は、現在とある遺跡の中を探索している。冒険者ギルドで開示されていた、地方都市に拠点を構える学術調査団からの依頼だ。小規模な遺跡なのだが、モンスターが出るので討伐してとある品物を確保してほしいというものだった。トム達はこの依頼を引き受けたのだが、今回は他にもう1組、新人冒険者4人も参加している。これは冒険者ギルドからの依頼で、新人冒険者に経験を積ませるための措置だ。
「大丈夫だか?」
「これくらい大丈夫ですって、ボブさん!」
戦闘の直後、ボブは隣で前衛として一緒に戦っていた戦士を気遣った。まだ戦士ギルドを出てきたばかりのこの大柄な戦士は、なかなか無茶な戦い方をするので怪我が絶えない。今も僧侶の治療を受けながらボブに返答している。
「いいかい、さっきみたいな時は、味方が射線上にいないことを確認してから撃つんだよ?」
「はいはい、わかってますって」
ジムは新人魔法使いに対して、先程の戦闘の反省点を指摘していた。この神経質そうな魔法使いは呪文に集中すると周りが見えなくなるようなので、今後仲間のためにも注意していたのだ。しかし、人に意見されるのが嫌いらしく、先程からジムの意見を聞き流している。
「この罠の見つけ方って、さっきと同じなんですか?」
「ああ、そうだよ。さっきと違って窪みにあるからわかりにくいが、同じだ」
最後にトムだが、こちらも同じ職業の後輩に罠の見つけ方を教えていた。罠の解除は苦手だが、罠を見つけることに関しては人並みにできるので自信を持って教えている。
こうやって3人は、後輩を指導しながら探索をしていた。たくさんの失敗をしながらも次第に頼られる側になりつつあったのだ。
「よし、それじゃそろそろ行こうか」
先程の戦闘の疲れをとるためにある程度休憩していた2組のパーティは、見張りをしていたトムの一言で皆立ち上がった。
「この遺跡も大体のところは見て回ったよね。そうなると、あと重要そうでまだ確認していないところは、この奥だけか」
「いよいよ最後っすね、ジムさん!」
元気よく返事をした新人戦士に曖昧な表情を浮かべながら、ジムはうなずいた。嫌いというわけではないのだが、こういう暑苦しいのはどうも苦手なジムである。
「今回は俺たちが先頭で進むんですか、トムさん」
「そうだな。すぐ後ろにボブ達が控えてくれるんだから、罠を回避するためにもその方がいいだろう」
トムは新人盗賊と軽く打ち合わせをすると、2人で前に進み出る。遺跡に入った直後のやたらと緊張した様子がほとんどなくなっているので、トムは安心した。
「それじゃ、おら達もいくか!」
「はい!」
盗賊2人の後に戦士の2人も続いた。残りの3人も周囲を警戒しながら歩き始める。
遺跡の調査もそろそろ終わりに近づいてきた。
その後、未調査の場所を何ヵ所か調べてみたが、いくつか持ち帰ることができそうな物があった。その中の1つは依頼書に書いてあった確保対象の石像である。7人にとってはどんな価値があるのかわからなかったが、これがないと報酬がもらえないので慎重に取り扱った。
とりあえず、持ち帰ることができるものはできるだけ持って帰り、依頼品は冒険者ギルドに差し出して仕事は終わりだ。これで報酬を受け取ってこの依頼は完結する。
では、それ以外の持ち帰った品物はどうするのかというと、これはその冒険者達が山分けするのである。どう分けるのかは参加した者達によって様々だ。全てを換金してから金銭を均等に分けることがあれば、遺跡にあった物は早い者勝ちで最初にとった人のものなどである。
「今回は遺跡から取ってきた戦利品が7つあるから、1人1つずつだな」
「どうやって分けるんですか?」
新人僧侶がトムに尋ねる。報酬の山分けというのは些細なことでも仲間割れの原因になりやすい。そのため、できるだけ皆から文句が出ない方法にしないといけなかった。
「そうだね……交互に1つずつ選ぶのはどうだろう。まず、君たちのパーティの1人がこの中から1つ選んで、その後に僕達のパーティの1人が1つ選ぶっていうのを繰り返すんだ」
「ならパーディ内の順番は、自分達で決めるだね」
大したものもなさそうに見えたので、ジム達3人はそう言う順番を提案した。これなら、新人パーティからも文句は出ないと思ったからだ。
「いいっすね、それ!」
「俺もそれでいいですよ」
「妥当なところかな」
「公平ですね」
3人が思ったとおり、新人冒険者達もそのやり方で納得してくれた。
そして、しばらくパーティメンバーだけで集まって相談をする。
「さて、俺たちはどうする?」
「どうでもいいんじゃない?どうせ換金して山分けにするんだからさ」
「なら、おらが最初に選びたいだ」
こういうことが大好きなボブがうれしそうに主張する。その気持ちは2人にもわかるが、あまりにも嬉しそうなボブの表情を見て思わず苦笑した。
「いいんじゃないかな。なら俺は次に選ぼうか」
「じゃ、僕が最後だね。あっちは……あっちも決まったみたいだね」
くじで順番を決めていた新人冒険者達も順番が決まったようだ。すっきりとした表情でこちらにやってきた。
「こっちは決まったっす!」
「そうか。それじゃ、1つずつ選んでいくか」
トム達の3人も立ち上がって、遺跡から持ち帰った品物がある机に向かった。
遺跡からの回収品を山分けした3人は、新人パーティと別れて自分達の宿に戻ってきた。
「あーやっと帰ってきただぁ」
部屋に入った途端、あくび混じりの間抜けな声をボブが出した。荷物を下ろしたトムとジムもそれにつられてあくびをする。
「はぁ、疲れたぁ。このまま寝ちまおうかなぁ」
「うーん、僕はお腹がすいたなぁ」
「あ、おらも!」
3人は完全に気が抜けた様子で椅子やベッドに座っていた。
「トム、下でご飯を食べよう。戦利品の話もしたいしさ」
「おお、いいだねぇ」
「ああそっか、そうだなぁ」
ジムの話を聞いたトムはあくびをひとつすると一気に立ち上がった。
「よし、それじゃ行こうか」
他の2人も賛意を示してトムに続いた。
「で、だ。あの戦利品の話って、何を話し合うんだ?」
宿の階下にある酒場で一通り空腹を満たすと、ちょうど雑談の話題が切れたのを見計らってトムが本題に切り込んだ。とは言っても深刻な話ではないので、ジョッキを片手にいくらか酔っ払った状態である。
「あの戦利品をね、どこで鑑定してもらうのかっていう話だよ」
「ああ……」
大体予想通りだったのでトムは大きな反応を示さなかった。
冒険で得た戦利品は、珍しい品物でない限りは店で売り払って換金することになる。しかし問題なのは、その持ち帰った戦利品にどれだけの価値があるのか冒険者にはわからないということだった。そこで、正体不明の品物については鑑定をしてもらい、適正な値段をはじき出すのが一般的である。
「今回はいい値段がついたらいいだなぁ」
「そのためにも、きちんと鑑定してくれるところで見てもらわないとね」
鑑定してもらった結果で店と交渉することになるのだが、それ以前にきちんと鑑定してもらえるのかという問題がある。これには2つの意味があり、1つは能力的な問題ともう1つは道義的な問題である。
前者は鑑定者の能力に関する問題だ。経験不足や才能不足などがあるが、平たく言うとまともに鑑定できないということである。力不足なわけであるから報酬を弾んだり仲良くなっても意味がない。後者は鑑定士の信用に関する問題だ。真っ当に商売をする者なのか、それとも客から金を巻き上げようとする者なのかということである。信用できない鑑定者は避けるのが一番だが、様々な事情によりそれができない場合がある。そういうときは報酬額を上げるなどして対応するしかない。問答無用で金を巻き上げようとしない限り、会話の中で何かしらを要求するはずなので、それに応えれば何とかなることが多い。
「あのじーさん、もう引退したから頼れないんだよなぁ」
「ああいう人がもっと増えたらとおらは思うだよ」
「うーん、誰かいい鑑定士知らない?」
「おらは知らねぇだよ。冒険者ギルドで鑑定してもらうだか?」
「えー、あそこ高いんだよなぁ」
ボブの提案に対してトムが渋った。
冒険者の戦利品を鑑定してくれるところは、冒険者ギルド、武器屋や道具屋などの各種販売店、それにフリーの鑑定士の3種類ある。
冒険者ギルドは冒険者を騙さない上に鑑定士の腕も一定以上なので安心して任せられるのだが、その分鑑定料は高い。そのため、多少の価値があるという程度の品物ではまず間違いなく赤字となるので、難易度の高い遺跡などに挑戦できる古参の冒険者を中心に利用されている。
次に各種販売店というのは、その店専属の鑑定士に見てもらうということだ。多少価値がある品物だと差し引きゼロになるという程度の値段設定である。しかし、所属している店と繋がっているので、馴染みの客にならない限りは価値ある品物でも低めにしか鑑定してくれないという問題があった。そこで、こういった店を利用するのは、ある程度長い期間その店を利用している中堅の冒険者が多い。
最後にフリーの鑑定士だが、これは玉石混交である。腕の良い鑑定士に当たるとこれほど費用対効果の良いことはないのだが、大半はそうではない。それに、鑑定した後にどこで売るのかという問題がある。価値がわかってもその値段で買ってくれる店がないと意味がない。なので、懐事情の寂しい新人冒険者の他、売るつもりのない品物や訳ありの品物を鑑定してもらうときに利用される。
3人が利用していたのは、腕の良い老鑑定士だった。老後の趣味でやっていたので鑑定を格安で引き受けてくれたのだ。拠点としている地方都市でもその筋では有名だったので、数多くの冒険者が戦利品を持ち込んでは鑑定してもらっていた。
しかし、その老鑑定士も寄る年波には勝てず、とうとう先月引退してしまった。駆け出しの頃から世話になっていた3人をはじめ、多くの冒険者達がその引退を惜しんだことは記憶に新しい。
「そうなると、店か別のフリーの鑑定士を探すしかないよね」
ジムのその言葉に対して他の2人は顔をしかめた。
「フリーの鑑定士は探すのが大変なんだよな。じーさんみたいなのはまずいないし」
「大抵は騙されて終わりだ」
トムとボブはかつての苦い経験を思い出して顔をしかめた。
何も知らないまま単に安いという理由だけで鑑定を頼んだことがあり、結果的に赤字になったことが何度かあったのだ。
「今後のことも考えると、新たにフリーの鑑定士を見つけるか、どこかの店で見てもらうかを決めておいた方がいいな」
前提条件である「まともな~」という言葉が抜けているが、そこは他の2人も承知している。
「一番いいのは馴染みの店に頼むことだよね」
「じいさんみたいに引退ってのがないからな」
フリーの鑑定士を利用するときに何が一番厄介なのかというと、いついなくなるのかわからないという点である。もちろんまともに鑑定してくれるかどうかも重要なのだが、どこかの店に雇われたり、ある日突然いなくなったりすることが多いのだ。3人が利用していた老鑑定士のように引退を宣言して去る者もいるが、そうした鑑定士は意外と多くないのである。
そうした理由から、中堅以上の冒険者はいくらか余裕が出てくると、馴染みの店に鑑定を依頼することになる。騙される可能性が低い上に、ある日突然いなくなることがないので安定して利用できるからだ。やはり拠点を持っているというのは心強い。
「なら、今回の戦利品はどこに持って行くだか?」
「銅像と腕輪と棒だよな。そうなると、道具屋か」
「あー、テッドさんのところね」
戦利品の外観から判断すると、引き取ってもらうのは道具屋が最もふさわしい。3人がいつも利用しているのはテッドという商人の道具屋だ。小さい道具屋で妻が鑑定士をやっている。それ程繁盛しているわけではないが、新人冒険者をよく見かける店だった。
「あの人だったら安心だな」
「まぁ、僕達にはそこしか馴染みの店はないんだけどね」
ジムは苦笑しながら独りごちた。
「よし、それじゃ明日みんなで行こうぜ!」
ジョッキに残った酒を飲み干すと、トムは大きめの声で話を締めた。




