出会った3人のダメな冒険者
ここは、とある地方にある冒険者ギルドの一室だ。ギルドに所属する冒険者達が仕事を探したり仲間を求めたりするために、ひっきりなしに往来と交渉をしている。ある者は特定の依頼を果たすために1回限りの仲間を雇おうとし、またある者は信頼できる仲間を探すために何人もの候補を慎重に検討していた。
また、室内には横長の板が林立しており、一面にびっしりと仕事の依頼書が貼り付けられていた。それは側壁も同様で、どこにも密に群がる蜂のように冒険者達が集まっている。もし、気に入った仕事がなければ、部屋の奥にあるカウンターでギルドの職員に相談だ。当てにならないことも多いが、何もしないよりはましである。
そんな多種多様な者達がそれぞれの目的に従って動いているのだが、もちろん全員が思うように事を運べているわけではない。中にはとことんうまくいかない者もいた。
「お前みたいなトロくさそうなやつなんてイヤだよ。お断りだね」
3人組のリーダー格の男が、野良猫を追い払うように手を振ると背を向けた。それっきり、3人で別の相談を始める。
その様子をしばらく見ていた戦士風の男は、肩を落とすと背を向けてその場を離れた。
男の名前はボブと言う。故郷の農村で食い詰めて地方都市にやって来た農家の次男坊である。最初は人足をしてその日暮らしをしていたのだが、『冒険者になれば一攫千金を狙える』という噂を信じて戦士となったのだ。戦士になれるくらいなので体はやたらと丈夫だが、逆に物事を深く考えるのは苦手である。
そのボブは、数日前に戦士ギルドの必要最低限の訓練を終えて、仲間探しをこの部屋でしているのだが既に何十人と断られている。一時は冒険者ギルドに紹介してもらったこともあったのだが、そこも駄目だった。見た目が冴えないというだけでなく、動作や会話の反応が鈍いというのも嫌われている原因のようだ。
「あ〜、どうしよう……」
冒険者ギルドの仲介所に来ればすぐに仲間が見つかると思っていたボブは、予想よりもはるかに厳しい現実を突きつけられてすっかり打ちのめされていた。経験豊かなパーティに断られるだけでなく、自分とそう大して変わりなさそうな新人冒険者にもここまで断られるとは思わなかったのだ。それならば1人でやっていくという方法もあるが、とても自分にはできないとボブは思っていた。
持ち金はまだあるので仲間探しはもうしばらく続けられるが、そう長くは無理だ。なくなるとまた人足をすれば稼げるので路頭に迷う心配はしていないが、そうなるともう冒険者には戻れなくなりそうな気がするので可能なら避けたかった。
「あ〜、どうすっかなぁ〜」
不安をそのまま口にしながら、ボブは再び室内をさまよい始めた。
新米盗賊のトムは焦り始めていた。盗賊ギルドで訓練が終わったので、ここ冒険者ギルドの一室で仲間を探しているのだが、誰に申し込んでも断られてしまうのだ。明らかに盗賊を必要としているパーティにも断られたので理由を探ってみると、どうやら訓練生時代のことが知れ渡っているらしいことがわかった。手先が不器用なトムは簡単なことでも失敗することが多く、教官からは呆れられ、仲間からは馬鹿にされていたのだ。
「まいったなぁ……」
どのような経緯で自分の悪い噂が広まったのかはわからない。しかし、そういう情報にも精通しておくことが大切だと教えられたことを思い出し、トムは仲間の誰かが、いや恐らく全員がその話を広めたのだろうと推測する。思い返せば、仲間探しの初日から名乗ると門前払いだったので、訓練生時代に参加できるパーティの当てがあった連中から話が広まったのかもしれない。
トムからすれば実に腹立たしいことであるが、冒険者は命を落としてしまいかねない仕事もよくするため、わかっている外れをわざわざ引きたいと誰も思わないだけだ。自分の実力を理解しているトムは、立場が変われば自分も同じことをしていることが簡単に想像できるだけに、悔しい思いをしていた。
「まずいな……」
先程から何度も呟いている焦りの言葉を、トムは再び繰り返した。
その焦りはもちろんどのパーティにも参加できないからというのが主な理由であるが、他にももう1つある。それは持ち金が残り少ないという事実だ。早く仕事をして報酬を得ないと無一文になってしまう。このままだと本当に犯罪者にまで身を落としてしまうことになるが、なれてもせいぜいこそ泥くらいだということがわかっているだけに、どうにかしたかった。
そのとき、1人の戦士風の冒険者がトムの視界に入った。しばらく見ていると、特に何か当てがあるというわけではなさそうで、室内をふらふらと歩いている。そして、たまに人へ話しかけては追い払われるように離れるということを繰り返していた。
(とりあえず、あいつで急場をしのごうか)
まともなパーティからは相手にされないので、トムは当面の仕事をするために室内で孤立している冒険者を選ぶことにした。それが当座の生活費をせびりやすい冒険者なら更に良い。
「そうと決まれば、善は急げだ」
思い立ったが吉日とばかりに、トムは戦士風の冒険者に近づいていった。
冒険者ギルドの一室の奥にあるカウンターから離れたジムは、室内のとある掲示板に足を向けた。初心者の魔法使いが1人でこなせるような仕事はないかと職員に質問したところ、その場所で探すように案内されたので向かっているのだ。
ジムは、とある地方に住む魔法使いの弟子だった。だったと過去形なのは、先日、事実上追放同然の扱いで修行のために旅へ出ろと命じられたからだ。当初は才能がないので他の道を探してはどうかと師匠から勧められたのだが、諦められなかったジムはその後も師匠の元に居続けた。しかし、人の倍以上の時間をかけても人並みなことを身につけられなかったことから、たまりかねた師匠が形式上卒業と言うことにして追い出したのである。
「今に見てろよ……」
兄弟子はとうの昔に独立し、弟弟子でさえ先に卒業して修行の旅に出て行くのを見送ることになったジムは、そんな焦りもあって師匠の提案に乗った。そのため、早く一人前になって皆を見返してやりたいと意気込んでいる。
「こうもっと、冒険者の魔法使いらしい仕事はないのか」
しかしそうはいっても、駆け出しの魔法使い1人ができる仕事など限りがある。案内された掲示板やその周辺をくまなく探したジムであったが、思うような仕事は見つからなかった。
冒険者らしい仕事を望むのならば少なくとも仲間を集めるべきだ、と助言してくれた職員の声を思い出す。その意見はジムも正しいと思う。
(けど、自分から頭を下げるのはなぁ)
目上の人物に頭を下げたり物を頼んだりするのには抵抗がないジムだったが、対等以下な人物−少なくとも自分ではそう思っている相手−にはそういったことをするのが嫌なのである。だから1人でできる仕事を探しているのだ。
(誰か仲間になってほしいって頼んでくれないかな……)
そんな都合のよい展開がないものかと期待しつつ、再び仕事探しを再開するジムであった。
「なぁ、ちょっといいか?」
冒険者ギルドにやって来て初めて他人から声をかけられたボブは、それが最初自分に対するものだとは思わなかった。なので、肩を軽く叩かれて再度声をかけられたとき、ボブは目を見開いて相手をまじまじと見た。
「お、おらに用だか?」
「ああ。ちょっと話があるんだよ」
声をかけてきた男はにこやかに接してきた。
「俺はトムってんだ。盗賊をやってる……っていっても冒険者としてで、人様の物は盗んだことはないぜ」
「あー、おらはボブ。この前戦士になったばかりだ」
反射的に名乗ったボブは、冒険者としての盗賊と名乗ったトムをまじまじと見た。
一方、トムは名乗っても拒否反応を示さないボブの態度に内心喜んだ。少なくともこの戦士は自分の噂のことを知らない。これは何とかなるという希望が湧く。
「で、話ってのは?」
「それなんだが、俺と組まないか?」
単刀直入にトムは用件を切り出した。見た感じ鈍そうな相手だったので、遠回しな会話は無意味だと判断したのだ。
「えっ、おらと仲間になってくれるだか?!」
思わぬ申し込みにボブは驚いた。今までいくら声をかけても断られていたというのに、突然仲間になろうという誘いを受けたのだ。
「ああ、見たところ、他に当てはないんだろ?だったら、とりあえず組もうぜ。そうしたら冒険者らしい仕事ができるしさ」
「うん、そうしよう!いやぁ助かった。訓練所を出てから誰も相手にしてくれんから困ってただよ!」
隠し事など無用、とばかりにボブは本音を吐く。今まで何日も断られ続けて心細くなっていただけに、トムの申し出は渡りに船だった。
それに対して、ボブの隠しごとができなさそうな性格を見て、組みやすい相手だとトムは内心ほくそ笑んだ。
「よし、それじゃ話はまとまったな」
「なら早速、仕事を探そう!」
「いや待て。あと1人くらい仲間にしようぜ」
仲間ができた嬉しさからすぐに仕事を探そうとするボブをトムは止めた。その気持ちはトムにもわかるのだが、まだ足りない能力を持つ人材を埋めないといけない。
「仲間?」
「魔法使いだよ。俺達は魔法を使えないだろ?」
トムに指摘されてボブは初めて気づいた。確かに、戦っている戦士を援護したり、魔法の仕掛けを解いたりする仲間は必要だ。しかしそうなると、戦いで負った傷を癒やしてくれる僧侶も欲しくなる。
「確かにそうだな。けど、それだと僧侶も欲しいだな」
「俺もそう思うが、ここに僧侶でフリーな奴はいなかったんだよな……」
頭をかきながらトムは返答した。
今2人がいるような冒険者ギルドの支部がある地方都市だと、必ず各宗派の教会や神殿はいくつもある。しかし、冒険者として旅に参加してくれるような僧侶を教会や神殿に求めても無駄だ。そのような冒険に出るような僧侶は、必ず冒険者ギルドに出向くことになっているからである。そうした取り決めをすることで、怪しい連中が無闇に聖域へ訪れないようにしているのだ。
つまり、冒険者ギルド内のこの部屋にめぼしい僧侶がいないということは、仲間にできる僧侶はいないということである。
「じゃぁ、とりあえずは魔法使いだけか。で、誰か仲間になってくれそうなやつはいるだか?」
「うーん……あいつなんてどうだろう」
そう言ってトムが指さしたのは、熱心に求人票を読みあさっている1人のローブを着た男だった。ボブに話しかける前から目星を付けていたのだが、トムの勘では、あの魔法使いは1人で行動しているのではなく、絶対に誰にも相手にされていない奴である。あまり認めたくはないが、ボブ同様に自分達と同類のような雰囲気があるのだ。
「どうなんだろう?」
「とりあえず、声をかけてみようぜ」
そう言うと、トムはボブを促して一緒に魔法使いに向かって歩き始めた。
ジムは求人票を1つずつ丁寧に見ていったが、これぞというものはなかなか見つからない。既に結構な時間を費やしており、置いてある資料の束も大体見尽くした。
「うーん、どれも今ひとつだなぁ」
候補になるかならないかというような境界線上に位置する依頼はいくつかあったのだが、ジムの望んでいるような仕事とは大半がほど遠いものばかりである。実際のところは、ジムにでもできる依頼はあるのだが、自分にはふさわしくないと拒否しているのだ。わがままを言わなければいくつもあるのに、えり好みしすぎなのである。
「さて、どうしたものかな……」
一旦資料を置いて疲れた目をほぐしていると、見慣れない2人がジムの横に立ってこちらを見ていた。
「なぁ、ちょっと話があるんだが、いいか?」
「えっ?」
にこやかに話しかけてきたトムに、ジムは驚いた。
「俺はトムってんだ。盗賊をやってる。冒険者としてね。こっちはボブ。戦士だ。あんたは?」
「僕はジム、見ての通り魔法使いだ。で、何の用?」
「あー、実は俺たち、仲間を探しててさ、特に魔法使いを。ちょうど1人っぽく見えたから声をかけたんだ。どう、一緒に冒険しないか?」
思わず「来た!」と叫びそうになるのをジムはぐっとこらえた。そして、驚いて見開いた目を元に戻して体の正面を2人に向ける。
「へぇ、この僕をか。また何で?」
「だから、1人でいるっぽくみえたからだよ。他に仲間がいないんだったら、俺たちと組もうぜ」
嬉しさのあまり仲間に誘われたということ以外を失念したジムは、胸を張っていささか尊大に聞こえるような口調で理由を再度問うた。それに対してトムは、ひとりぼっちだから誘ったということがわかってしまうような上手くない言い方で答える。
「ふ〜ん、僕が必要ってことか。他には誰かいなかったの?」
「ああ、いなかった。だからあんたに頼んでるんだよ、ジム」
もちろんトムの言葉は、自分達が他の冒険者に相手にされなかったという意味が込められている。しかし、そんな事情を知らない、または人に頼られて舞い上がって見抜けないジムにはあずかり知らないことだ。
「まぁ、どうしてもって言うんならいいけど」
「よし、なら決まりだ!」
トムは隣にいたボブにどうだと言わんばかりの顔を見せる。内心では、当面の手駒が揃ったことに対して喜んでいた。
ボブは心底安心したかのような表情をする。最低限必要な頭数が揃って、ようやくパーティが成立したことを喜んでいたのだ。
ジムはそんな2人の様子を見て満足そうに何度もうなずく。自分を丁重に迎え入れたのだから主導権はこちらにあると考えていた。
こうして、三者三様の事情でパーティを結成することになった。しかしこれが、これから始まる長い苦労の始まりだとは誰も気づかなかった。