旦那様の帰還 ~ フィサリス家の長い一日2−5 ~
活動報告より♪
偽男爵を捕まえて、一件落着……?
ロータス視点。
縄にかけられ引っ立てられるモンクシュッド偽男爵の目の前で玄関の扉が開くとともに。
シュッ……!
銀色に光るモノが空を切りました。
何が起こったのか、瞬く間のことでわからなかったのですが、
「ひっ…………!!」
ひきつるような声を出した偽男爵を見ると、何やらハラハラと舞い落ちる黒いモノ。……これは、毛?
どこの毛だと思ってよく見れば、偽男爵の片眉が綺麗さっぱり無くなっていました。
誰の仕業かって? それはもうアノ方しかおりませんよね。
「副隊長!!」
「旦那様!!」
開け放たれた扉の向こうに不気味な笑顔を浮かべた旦那様が、愛用の剣を片手に立っていました。
そして後ろには般若……ではなく、女性騎士様たちの姿も見えます。
いきなり切りつけましたね旦那様! 貴方、顔は笑ってますけど目が笑ってませんよ。
「知らせを受けて慌てて帰ってきたんだが。こいつか、僕の愛人の父とかいう者は」
そう言って手にした剣の切っ先を偽男爵の顎に当てる旦那様。
「ま、まあそうですけどね。ちょ、落ち着きましょう」
プルケリマ様が苦笑いで止めたのですが、
「うん。私はとっても落ち着いてるぞ。さっきはちょっと手元が狂っただけだ」
そのまま微塵も動きません。旦那様、全然聞く気がありませんね、これ。
しかも旦那様の後ろから顔を出した女性騎士様たちも、
「副隊長、まだ片眉が残ってますわ」
「あら、アンセリカ。眉とは言わず、鼻とかでもどうでしょう? うふふ」
「副隊長がためらうなら、私がやりましょうか?」
止めるどころか煽っていらっしゃいます。
旦那様も部下の方々もやる気満々ですね。みなさま顔は笑っておられますが、ピリピリとした空気から激怒されていることが伝わってきます。
とにかくこの場をどう収めましょうかと私が考えていると、
「副隊長、手元狂うとかじゃなくて! おめーらもけしかけんなっつーの!」
プルケリマ様が旦那様と女性騎士様たちにつっこんでくださいました。
そこで少し緩んだ空気。
「ぎゃ……!!」
今頃になって偽男爵が我に返り、腰を抜かしました。反応遅すぎてびっくりしますよ……ではなくて。よほど驚いたんでしょう。まあ、目の前を剣がかすめていったんですから。
旦那様はそんな偽男爵を一瞥してから、今度はその後ろにいた娘に視線をやりました。
娘がごくっと生唾を飲む音が聞こえました。
旦那様は娘の顔をじっと見、悪い笑顔で微笑んだかと思うと、
「この女が僕の愛人だって? 僕の子を産んだって? ふうん。見たことも会ったこともないのに子供ができるのか。ふうん」
そう言って、さっきまで偽男爵の顎に当てていた抜身の剣の切っ先を、今度は娘の頬にピタリとつけました。
「ひっ……!!」
娘が息を飲む番でした。
研ぎ澄まされた剣の冷たさと旦那様の黒いオーラ全開に、娘はガタガタ震え上がっています。
旦那様、これはマジ切れというやつですね。
この激怒モードの旦那様をどうやってお止めしましょう? 私の本心としてはもっとやってもらってもいいくらいなのですが、しかしここはタテマエ上止めないといけませんかね?
私が本音と建前の間で一人葛藤していると、
「ほらもうよしましょうよ。これから屯所でじ~っくり事情聴取するんですし?」
ここもプルケリマ様が止めに入ってしまわれました。ちっ……ああ、失礼いたしました。止めていただいてよかったです。
「——わかった」
そう言って旦那様が剣を収めたのを確認してから、プルケリマ様は女性騎士様たちに向かって、
「そうそう、お前ら、こいつらの取り調べ頼めるか?」
ぐいっと偽男爵父娘を押し出しながら言うと、
「「「うふふふふ! よ ろ こ ん で ~ !!」
それはいい笑顔付きでお返事が返ってきました。……あ、ここにも目が笑ってない人たちがいましたね。ですがもう止めません。思うさまやってくださいませ。
「取り調べはお前たちに任せよう。私ももちろん後から参加するから、ち ゃ ん と 生かしておくように」
「「「は~い、たぶん大丈夫だと思いま~す」」」
「ほどほどにしておけ。ではユリダリス、後は頼んだ」
「はいはい。ほらさっさと行くぞ。抵抗したら、今度は眉だけじゃすまねぇぞー」
旦那様が騎士様たちにこれからのことを指示すると、プルケリマ様の一喝の下、偽男爵たちと騎士様ご一行はようやく公爵家を後にしました。
「僕のいない隙を狙ってくるなんて! これについては後でたっぷり目に物見せてくれるが、今はおいといて。ヴィオラの様子はどうだ? 具合はどうなんだ? この騒動のせいなのか?!」
「こちらのごたごたのせいで、私はまだお部屋に行けておりません。しかし旦那様、お早いお帰りでございましたね」
旦那様と私は足早に本館へ戻り、奥様の部屋に向かっています。
騎士様方が来られる少し前に医師様をお呼びしているので、もう診断はされていると思うのですが……。いかんせん偽男爵の騒ぎのせいで、奥様のご様子は今まで確認できていないのです。
「うちからの早馬が来た時には、もうかなり王都の近くまで帰ってきてたからな。ちんたら帰ってる時間はないと陛下にお暇をいただいて、全速力で帰って来た。ところでヴィオラは風邪なのか?」
「ステラリアの報告では、症状はお風邪のようだということでございましたが」
「この騒動で心労も重なってはないだろうか。あいつらがきてから体調が悪くなったんだろう? ……おのれ」
「まだそうとは決まっておりませんよ。ああ、お部屋です!」
「ヴィオラ、ヴィオラ!」
旦那様の顔が険しくなりかけたところで寝室に到着しました。
旦那様が性急にノックすると、中からステラリアが扉を開けてくれました。
ありがとうございました(*^ー^*)
 




