喧嘩の行方・仲直り
~ミモザの場合~
「ベリスったら毎夜別棟の外に座りこんで、別棟を守ってるみたいよ」
ヴィオラが侍女たちを連れて本館を『家出』してから三日目。
ステラリアがこっそりミモザの耳元でささやきました。
「それは……。私のためじゃないですよ、奥様のためですよ!」
「ふふふ。そんなわけないでしょ。だって旦那様も一緒に寝ずの番してるんだから」
「え?! 旦那様も?!」
「そ~よ」
まさかの旦那様も一緒ということにミモザがびっくりして目をむいていると、
「ベリスはミモザのことが心配なのよ。寝ずの番をするほど大事な奥さんだってことじゃない。そろそろ帰ってあげなさいよ」
「う~……」
「それに、あんまり思いつめすぎると赤ちゃんにもよくないわよ? お父さんとお母さんは仲良しの方がいいと思うけどなぁ」
「うう〜……」
「話を聞いてあげてみたらどお?」
「……そうしてみます」
意味深に微笑むステラリアに、弱々しく答えるミモザです。
とにかく、ベリスのいるだろう温室に行ってみることにしました。
温室でベリスはいつものように草花の手入れをしていました。ミモザは、ベリスの、普段と変わりない動きにホッとしつつも、ずかずかと足音も荒らかに近付きました。
その足音に気付いたベリスが、
「そんなに荒々しく歩くな。体に響くだろう」
そう言って作業の手を休めて立ち上がるのを、
「そんなことは今どうでもいいの! 三日も寝ずで別棟の外にいたって聞いたけど、ダメじゃない!! この広大な庭園を維持するのに体力だっているのに。仕事の途中で倒れたりしたらどうすんの!」
キッと睨むミモザ。
「……お前に嫌な思いをさせたと考えると、どうせ寝つけなかったしな」
ミモザの勢いに、ふう、とため息をついたベリスは落ち着き払っています。それがまた気にくわないミモザですが、ベリスを心配する気持ちとイライラする気持ちとがない混ざって、仏頂面でベリスを見上げます。
「だからって、別棟の外で寝ずの番とかないでしょ!」
「俺のいないところでお前に何かあったら困る。俺の傍なら安心できるが、離れていたらそうはいかない」
「!」
「離れていたら守ってやれないだろう」
ぽん、とミモザの頭に手を乗せるベリス。
「ベリス……!」
「例の娘の件はカタがついている。もう二度と屋敷に来ないから心配するな。それにミモザを無視したんじゃない、あの時は調査中だったから手が離せなかっただけだ。それにあの女にムカつきすぎて、話題にも出したくなかったのもある。すまない」
「そ……そうなの?」
「ああ。仕事のことで心配かけるのが嫌だったんだが……。余計に負担をかけてしまったな」
「そんな……」
ミモザの大きな瞳からポロポロとこぼれる涙を、ベリスは手ぬぐいで優しく拭ってあげます。
「オレはあまり口が上手くないから誤解も多いだろう。でもこれからは、ミモザにだけはもっとちゃんと話すようにする。約束する」
そう言って、ねむの花をモチーフにした髪飾りをミモザに渡すベリスでした。
~ダリアの場合~
ステラリアから「父さん、もう三日も別棟の外で寝ずの番をしてるらしいよ」ということを聞かされたダリアは、慌てて厨房に駆けつけました。
「あなた! 何をなさってるんですか! 三日も寝ずなんて、仕事中に倒れたりしたらどうするんです!」
バン、と厨房の扉を開けながらまくし立てたのですが、そこにいつもいるはずのカルタムの姿がありません。
そこにいるのはダリアの勢いに呆気にとられてこちらを見ている、カルタムの弟子たちばかりでした。
「――カルタムはどこに?」
取り乱した姿を見られたことに恥じらいを感じつつも平静を装い、ダリアが厨房にいる料理人たちに尋ねると、
「カルタムさん? 今日はお休みの日ですよ。ダリアさん忘れてました? というか、ダリアさんも今日はお休みじゃなかったですか?」
「あ……。そうだったわね……」
弟子の一人がにこやかに答えてくれました。ダリアはここのところのイライラのせいで、すっかり自分たちのシフトを忘れていたようです。
じゃあどこにいるのよ、とため息をついた時です。
「そっちそっち」
と、別の弟子が指し示した方――使用人用ダイニングを見ると、そこにのんびりとくつろぐカルタムの姿がありました。
「あ、あなたっ!」
「ハニー! やっと会えましたね」
うれしそうに笑いながらダリアに向かって手を振っています。
ダリアはつかつかとカルタムのそばに行き、
「何を考えてるんですか! 三日も寝ずなんて!」
さっきよりも幾分抑え気味に、カルタムに言いました。
「うん、いろいろ反省も兼ねて、外で頭を冷やしてたんだよ」
「そしてそのまま寝ずに仕事をするのが反省ですか?」
「三日くらいどうってことないさ。それにどうせハニーがいないと眠れないんだから、せめて近くに、ってね」
ダリアの剣幕とは反対に、のんびりしたカルタム。
「はぁ、もう……。根本的な何かが違うと思いますけどね」
「ああ、例の件はちゃ~んと片付いたよ。もう二度と姿を現さないさ。いやな思いをさせてしまってすまなかったね」
ふうとため息をつき伏目になったダリアの手を、そっと包んでにっこり笑うカルタムです。
「……」
「でもやっぱりダリアは優しいね。僕の身体のことを心配してくれて」
「あ、あなたが倒れたりしたら仕事に支障をきたすじゃないですか、私はそっちを……」
「はいはい。そういうことにしておきます。そうだ、せっかくの休みだし、ちょっと庭園に行きましょうか」
ここだと弟子たちもいますしね、とカルタムはダリアの耳に囁いて。
そしていろいろ詰め込んだバスケットを持つとダリアを連れて、使用人さんたちが寛ぐ庭園の片隅に行きました。
「今回はどうにも気を揉ませてしまったようで、反省してます。ごめんなさい」
「――もういいわよ」
「よくないですよ。今までも嫌な思いをさせてしまっていたのかと思うと夜も眠れず――」
「寝ずの番? はぁ、もう。あなたからチャラさを取ったら何が残るんですか?」
「言うねぇ、奥さん」
呆れ顔のダリアに苦笑いのカルタムです。
「まあ、私がいないからって寝ずの番をされても困るし、反省もしたんでしょう? もういいわ」
「それは諦め?」
「いえ。ちゃんと反省していたら同じことは繰り返さないでしょ? ってこと」
「そうだね」
ようやく頬の緩むダリアです。
それを見てホッとしたカルタムは、バスケットの中からポットとカップを取り出すと、丁寧にお茶を淹れました。――ダリアの好きなお茶です。その横にはそっとキャラメレを添えて。
キャラメレは、実はダリアの好物なのです。ダリアのために作っているのをステラリアにも分けていたのです。
「お休みだからどこかに出かけようかなぁって思ったけど、今日は無理そうだから。代わりに、日頃忙しいハニーに、ゆっくりした時間のプレゼント。今日は僕がお仕えさせていただきますよ、マダ~ム」
「やめてください、もうっ!」
珍しく赤くなったダリアは、キャラメレをひとつ口に入れ、ぷいっとそっぽを向きました。
~ その夜 ~
別棟の玄関脇。
「……なんで今夜は僕だけしかいないんだよ?」
その夜は一人で明かしたサーシスでした。
* * * * * *
ありがとうございました(*^ー^*)




