そのころ旦那様は
本編143〜145話目の旦那様視点。
ヴィオラが別棟に出て行ってしまって、旦那様は……。
兵部卿の長い話に付き合っていると、女友達と話していたはずのヴィオラが、いつの間にか若い男とダンスをしているのが目に入った。
いつの間に。しかも誰だアイツ、あまり見かけない顔だけど−−?
そっちが気になり始めると、兵部卿の話は耳の中を盛大に滑っていった。まあ、「うちの家内はエメラルドが好きで〜」とかいう、全然どうでもいい話だからいいけど。
ヴィオラと一緒にいる男、にこやかに接しているけど下心が丸見えなんだよ。必要以上にくっつきやがって。でもヴィオラは全然気にもしていないらしく、普通に、むしろ楽しそうに話してるし。
−−気にくわない。
あの男とこれ以上一緒にいさせたくないと思った僕は、流れている曲が終わるタイミングを見計らって兵部卿の元を失礼し、ヴィオラたちのところへ向かった。
若い男はアルストロメリア家のアウレアといって、三年前から国外に留学していた男だった。そうか、だからヴィオラのことも僕たちが結婚していることも知らずに声をかけたんだな。三年前だと、まだヴィオラは社交界にデビューしていなかったもんな。まあ、デビュー後だったとしても、ヴィオラとわかったかどうか……。
それはまあいい。
「ヴィー、お待たせ」
僕がヴィオラに声をかけると、
「サーシス様! もうお話は終わりましたの?」
そう言ってアウレアの手をパッと離し、僕の手を取ってくれたヴィオラはかわいいな! それを見てアウレアがちょっと呆然としたのを見逃さなかったぞ!
気を取り直したアウレアが、僕の手の指輪を凝視していた。お、気づいたか。伊達にヒイズル皇国に留学していないな。『結婚指輪』はヒイズルの慣習だから。
もう『結婚指輪』が効いたようだな!
しかし、ヴィオラがアウレアと仲良くしていたのがやっぱり気に食わなくて、帰りの馬車の中でついグチグチと文句を言ってしまったら、ヴィオラを怒らせてしまった。
仲良くしていたというのは語弊があるかもしれないが、ヴィオラは男からの視線に疎すぎる。自分がどれだけ魅力的なのか、全く理解していない。
我ながら情けないことを言ってしまったなぁとは思うけど、イライラしたのは事実だ仕方ない。
「サーシス様のバカ!! 大っ嫌いです!!」
キレたヴィオラの言葉が、僕にぐさりと突き刺さった。それまでのイライラがさーっと引いていくのがわかる。ついでに血の気も。
そして怒ったヴィオラが侍女たちを連れて本館を出て行ってしまったので、僕は一人寂しく寝室に帰ってきた。
「ヴィオラが出て行ってしまった……」
「出て行ったと言っても別棟でございます。ご実家でなくてよろしゅうございましたね」
ヴィオラのいない寂しさから力なくソファに座りこみうなだれていると、ロータスがいつも通り冷静にツッコミを入れてきた。
「別棟でも、出て行ったことにかわりはない!」
「まあそうでございますね。あの奥様がお怒りになるなんて、よほどしつこくねちねちグチグチ文句を言っていたのでしょう」
「う……」
「奥様が他所の男に必要以上愛想よくするはずないでしょう」
むしろ男……いや、色恋にまったく興味のない奥様ですのに、とロータスがボソッと付け加える。
確かにロータスの言う通り、ヴィオラは男に無関心だ。そして男たちからの視線にも無関心。だから見ているこちらがヒヤヒヤする。
「うう……」
「下手すれば旦那様にも社交辞令・愛想笑いの時もあるくらいですのに」
「それを言うな~!!!」
ロータスの鋭い一言に心を抉られた。ぐぐ……反論できない。
「……大体、ヴィオラが悪いんだ」
「ほう。なぜでございましょう?」
ふてくされて吐き出した僕の言葉に、くいっと眉をあげるロータス。
「ヴィオラがかわいすぎるのが悪い」
「…………」
メガネがずり落ちたのを、ロータスがそっと中指で元に戻した。
なんだよ、ヴィオラがかわいいのは仕方ないだろう。ヴィオラがかわいいから男が寄って来るんだ。
じとんとロータスを見ていると、
「……本当に奥様が悪いのですか?」
「――そうだ、ヴィオラが悪い」
ロータスが詰め寄ってきた。
何度聞かれても答えは同じ。僕は『ヴィオラが悪い』と言い張った。
しかしロータスは諦めず、さらに食い下がってくる。
「本当に?」
「本当に」
「本当に本当でございますか?」
「…………僕が悪い」
僕の目をじっと見ながら詰め寄るロータスに、僕はとうとう降参した。ロータスの目力、ハンパねえ。
はい、ヴィオラは悪くありません、僕の狭量が悪いですごめんなさい。
僕が非を認めると、
「よくできました」
ニッコリ。ロータスが満面の笑みで頷いた。そして、
「奥様が悪いのではなく旦那様が悪いのですよ。そんなことばかり言ってると、奥様のことを信じていないと思われてしまいます。それこそ本当に嫌われてしまいますが、よろしいのでしょうか?」
「それはダメだ! 絶対ダメだ!! ……いやまて。さっき『大っ嫌い』って言われたよな? もしや、本当に嫌われてしまったんじゃ……」
ロータス、笑顔でそんなこと言ってんじゃねーよ! いやちょっと待て……さっき思いっきり『大っ嫌い』って言われたよな? もう手遅れか? そうなのか!?
僕はにわかに青ざめた。
「それは言葉のあやというか勢いといったものでしょう。大丈夫でございますよ、奥様の懐は深いですから」
顔色を変えた僕を、ロータスがなだめるように諭す。
「大丈夫かな……」
「そう思うのなら、素直に謝ってきましょう」
「わかった!!」
ロータスに諭され自分の非を認めた僕は、善は急げと別棟に走っていったのだが。
「ヴィオラ、今日のことは僕が悪かった。ごめん! だから本館に帰ってきてくれ!」
「『まだ本館には帰りません。しばらく別棟で過ごします』とのことでございます」
と、ヴィオラに会うこともできず門前払いを喰らったのだった。
ありがとうございました(*^ー^*)




