あの日、あの時、あの場所で
活動報告より
たまたま仕事が早く終わったので、急いでカレンの元へ帰っていた僕。
天気もいいので、こんな日はカレンと池のほとりのお気に入りのソファで寛ぎたいと思っていた。最近仕事がたてこんでいて、あんまりカレンと一緒にゆっくりできなかったから癒されたいんだ。
逸る気持ちで公爵家の門をくぐりエントランスが見えてきたところで、その横の部屋の窓を掃除している使用人と目が合った。
ん?
……ヴィオラ?
まさか。
でも見たことのない使用人だ。本館の使用人の雇用はロータスとダリアに一任しているから、僕だって全員を把握している訳じゃない。むしろよく知らないと言った方が正解かもしれない。
新しい使用人か? パッと見た感じ若かったよな。なんて考えながら僕が視線をさまよわせている隙にその使用人は姿を消したが、何だかスッキリしない。
しかし、公爵夫人であるヴィオラが使用人のまねなどするはずないよな。
そうこう思っているうちに、エントランスのドアがロータスによって開かれた。
「お帰りなさまいませ、旦那様」
「ただ今戻った」
「今日はお早いお帰りでございましたね」
ロータスといつもと同じように会話をしていると、
「お帰りなさいませ! 旦那様!」
これまたいつもと同じようにヴィオラが僕を出迎えに、階段を軽やかに駆け下りてきた。今日のヴィオラは涼しげな水色のAラインのワンピースを着ていた。いつもそうだが、彼女は質素で簡潔なものを着ている。
さっきの使用人はお仕着せを着ていたな。そして髪型は……結っていたか、まとめていたか。そのあたりは曖昧だけど、とりあえずまとめられていたっけ。
心の中で先ほどの使用人と、今目の前にいるヴィオラを重ねていると、
「先程貴女をそこで見かけたような気がするのですが……?」
思わず聞いてしまった。
「いいえ? 私室で刺繍をしておりましたわ?」
可愛らしいストロベリーブロンドの髪をふわりと揺らして小首を傾げるヴィオラ。『何をおっしゃっているの?』といわんばかりの表情で。
そうだよな、まさかだよな。はは、はは。
「いや、うん、まあ、私もこちらの使用人を全部把握しているわけではないですしね」
「?」
繕った僕の言葉にさらにキョトンとなるヴィオラ。
「いや、ひとり言です」
そう言って、僕はその場を終わらせた。
数日後、ヴィオラから美事な刺繍の施されたポケットチーフが届けられた。やはりあの使用人とヴィオラは別人だったんだな。
またある日。
今度は別棟へ帰っている途中の小道で、また例のヴィオラに似た使用人と目が合った。彼女は庭園の雑草を抜いているところのようだ。
まさかな、とふと顔を逸らせた隙に、また、その姿は忽然となくなっていた。
僕、幻を見たのか?
思わず目を擦りそうになりながらも、本館へ行って確かめようと思い踵を返した。
エントランスをくぐり、とりあえずサロンへ向かいながら、
「ヴィオラはいますか」
と声に出せば、
「サロンにいらっしゃいます」
と、サロンの中からダリアの声が応えたので、遠慮なく開けた扉から顔をのぞかせると、いつものソファに寛いでお茶を飲んでいるヴィオラがいた。
僕のいきなりの訪問に首を傾げて訝しむヴィオラに、
「いや、あの、先程庭園で貴女を見た気がしたのですが……」
訊ねてみたが、
「いいえ? ここでお茶をしておりましたけど?」
もちろん答えはNo。だよな。うん、そうだよな。……この間も同じようなことを聞いたし、僕、変な奴だと思われてるかもしれないな。
「うん、まあ、……そうですか」
我ながらキレのない返事。キョトンと僕を見上げていたヴィオラだったが、
「旦那様がお帰りというのにお出迎えもいたしませんで、申し訳ございませんでした。よろしければ旦那様もお茶、いかがですか?」
と誘ってくれた。
なんだ? 幻視を見るまでにヴィオラが気になっているのか、僕は。……マジか。
そして。
「ええ、いただきます」
彼女のありがたいお誘いに乗り、彼女と対面のソファに腰掛けたのだった。
今日もありがとうございました(*^-^*)
「みられた」「みられた そのに」の旦那様視点でした。裏の裏って、表じゃね……?w