天使が二人
本編201・202話目の旦那様視点です
「きゃ〜! サーシス様! どうなさったんですか!!」
家に帰るなりヴィオラの悲鳴が響き渡った。
というのも今日、怪我をして早退してきたからなんだけど。
「あ〜、王宮の庭園でディアンツ殿下を庇って落とし穴に落ちた」
「はあ?」
「いつものいたずらなんだけどね、殿下、自分が掘った落とし穴のことを忘れて自分が落ちかけたんだよ。で、それを僕がとっさに庇って足をひねってしまった」
「ディアンツ様……」
そう。いつものガキンチョのいたずら。
僕を陥れるために掘った落とし穴に自分で引っかかるかな。まったく、アホの子か。
しかし僕の仕事は王太子を守ること。
落ちかけた殿下を抱き止めたまでは良かったが、足元は穴の縁、踏ん張りきれずに体のバランスを崩したってわけ。
幸い骨には異常なく、ただの捻挫で済んだ。
「……ったく。自分で仕掛けた罠にハマるとはどういうことですか」
「うっ……」
「いたずらにしても、どうせなら作戦は最後までやりきってください。こんな間抜けな結果……ハァ。嘆かわしい」
「ううっ……ご……」
「ご?」
「……ごめんなさいなんて絶対に言わないからなっ! うわぁぁぁぁん!」
ビャーっと泣きながらどこかに逃げていってしまったけど。……ツンデレか。
それをかいつまんでヴィオラに説明した。
「陛下に平謝りされたよ。おまけに三日ほど休みをくれた」
「安静になさってくださいよ」
陛下がこのことを聞きつけ医務室に飛んできたのにはびっくりしたな。
そのあとガキンチョは無事に(?)捕獲され、陛下・近衛隊長・ユリダリスからこっぴどく怒られていた。それで反省すればいいけど。
「応急手当はされていますが、念のため医師様をお呼びしましょう」
ロータスがそう言って医師を呼びにやらせている。
「安静にしてたら大丈夫だ」
「いいえ! ちゃんと診てもらってください」
「はいはい」
面倒だからいらないと断ったけど、ヴィオラにかわいく睨まれたら、ここは素直に『はい』と言うしかないよな。
「おとーしゃま、いちゃい?」
「ん? う〜ん、少し痛いかな」
「おとーしゃま、かわいしょう」
医師の診察も終えて寝室のベッドで僕が安静にしていると、バイオレットがやってきて、僕の怪我した方の足を優しく撫でてくれた。ほんとうちの娘は天使のように優しい子だな!
しかも今日の天使はバイオレットだけではなくて。
「お義兄様、大丈夫でございますか?」
たまたまうちに遊びに来ていたヴィオラの妹・フリージアも、心配そうに顔を曇らせていた。
「うん、大丈夫だよ。ただの捻挫だから、すぐに治るって」
二人に余計な心配をかけたくない僕は、いつも通りに笑って見せた。まあ、実際は少し痛むけど。
「おとーしゃまの足がずっとこのままほうたいグルグルのままだったらどうしましょう」
バイオレットが僕と同じ濃茶の瞳を潤ませている。あ、やばい。これ泣くやつだ。
「そんなことはないよ! すぐに包帯も取れるし、すぐにいつも通りレティと遊べるようになるよ」
「それはいつ?」
「え〜と、すぐ?」
「すぐって、いつ?」
僕が慌ててなだめたけど、バイオレットは〝すぐ〟に治ってほしいらしい。それはさすがに無理ってもので……。
僕が返答に困っていると、
「お父様を困らせちゃダメよ、レティ」
フリージアがバイオレットをなだめてくれた。
少し前まで末っ子だったから、まだまだ甘えん坊だったフリージアも、レティが生まれてからは随分お姉ちゃんになったなぁ。そうか、もう十二歳だもんな……なんて、父親みたいなことを思ってたんだけど。
「だってだって〜。このままおとーしゃまがみいらになっちゃったら」
僕の、包帯に巻かれた足を指してフルフル震えるバイオレット。
「ミイラ!?」
「あの本のおばけでしゅよ〜」
「それは大変ね!」
バイオレットが手に持ったぬいぐるみを抱きしめブルブル震えながら言うからか、フリージアも顔を青ざめさせた。というか『ミイラ』って発想がどこから湧いてきた?
あれ? なんか雲行きが怪しくなってきた?
「みいら、こわいんでしゅ」
「それは怖いわ。どうしましょう」
「わぁぁぁん、おとうしゃまが〜」
泣き出すバイオレット。
「お義兄様がミイラになっちゃう〜」
一緒につられて泣き出すフリージア。所詮まだ十二歳だった……って、
ええええええ〜!?
「ちょ、ええ? 二人とも!?」
「わぁぁぁん!」
「ほら、見て、お父様の足! ミイラみたいに全身包帯じゃないよ!」
「どんどんふえていくんでしゅ」
「増えていかないよ」
「いやぁぁぁ!」
「えぇ……」
僕のベッドに取りすがって二人がわんわん泣いてるんだけど、僕としてはこんな時どうしていいかわからないからオロオロするしかなかった。
しばらくすると泣き疲れた二人が寝息を立て始めた。泣き疲れたらしいけど、ボク的には精神的にぐったりだよ。
「どうしよう、この状況」
フリージアはベッドに頭だけ乗せ、バイオレットはぬいぐるみを抱きしめたまま上半身だけベッドに乗って、足はベッドサイドに宙ぶらりんの体勢。
動かしてやりたいけど今の僕は身動きとれないしなぁ。
どうしたもんかと困っていると、静かに扉が開き、ヴィオラが顔を出した。
「あら、フリージアとレティはここにいたんですね。って、寝てるし」
「うん、泣き疲れたみたい」
「なぜ!?」
驚くヴィオラにさっきの二人の話をすると、
「うふふふ。二人とも、サーシス様のことが心配なんですよ」
声を潜めて笑った。
「なぜいきなりミイラなんて言い出したんだろ」
ふと疑問に思ったことを口にすると、
「それはですね〜」」
今度はヴィオラが、僕のいない間に起きた出来事を話してくれた。そうか、誰かがしまい忘れていたミイラの研究本を見ていたのか。それで、僕の足を見て『ミイラ』って……はははっ!
「——そんなところに盛大な前フリがあったとは」
「ほんとに」
「でもミイラはないでしょ」
「発想がかわいいじゃないですかぁ」
「うん。かわいいね」
すうすうと寝息を立てる二人は天使のよう。
とりあえずロータスを呼んで、二人をバイオレットの部屋に運んでもらったのだった。
ありがとうございました(*^ー^*)




