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悪夢の三日間 前編

本編197話目あたりの、旦那様視点です。

 その日は特に変わりのない日だった。まあ強いていつもと違うといえば、部下たちがいつものように無理やり帰宅にくっついてきたことくらいだったかな。

「奥様に〜会わせろ〜!」

「レティお嬢様に〜会わせろ〜!」

「……うるさい」

 やんややんやとせっつく部下たちをあしらいつつ帰宅の準備をする。どうせここで巻いても、こいつらのことだ、なんとしてでもうちにくるだろう。

 疲れて帰るというのに、かわいいヴィオラやバイオレットを部下たちに占領されるのは片腹痛いが、巻くのもめんどくさい。まあ……諦めるか。




「レティ様、この間見た時よりも大きくなってるんでしょうね〜」

「もっとおしゃべりしてくれないかな」

「あのなぁお前たち。レティがかわいいのは十分……いや、十二分にわかるが、遅くまでお前たちに付き合わせるなよ」

「「「もっちろ〜ん! わかってますって」」」


 屋敷に着くと、いつものようにロータスが出迎えていた。

「おかえりなさいませ」

「ただいま戻った。ヴィオラは?」

「先ほどまでうたた寝をされていたので、もう直ぐいらっしゃるのではないでしょうか」

「そうか」

「それよりも……」

「ああ……」

 ロータスの視線が後ろの部下たちに注がれている。いつもすまない、とは思ってるが、ついてくるものは仕方ない。

「「「「「こんにちは〜!」」」」」

「奥様と〜」

「レティ様に〜」

「会いたくなっちゃいました! あはっ!」

 ロータスは微苦笑で部下たちを見ているが、今頃きっと脳内では、この後どうしようかと考えているのだろう。


 その時、ダリアが屋敷の中からそっと出てきて、ロータスに何か耳打ちをした。


 なんだろう。こいつらに振る舞う酒の準備がない、とかだろうか。別に水でも、こいつらは喜ぶぞ。

 ロータスとダリアの内緒話は数言で終わり、

「少し中の様子を見て参りますので、あとはダリアがご案内いたします」

 ロータスはそう言うと、先に屋敷の中に戻っていった。

「ダリア、何かあったのか?」

「失礼いたしました。少し支度に時間がかかっておりますので、旦那様とお客様はサロンでお待ちいただけますでしょうか」

 僕に説明するダリアの態度はいつもと変わらない。そうか、きっと今頃中ではヴィオラを中心に、客をもてなす準備がされているんだろう。いやほんとすまない。

「わかった」

 ダリアに促されるまま、僕たちはサロンに入った。


 サロンに入るとすぐに軽食と酒が運んでこられた。酒が足りないというわけじゃなかったらしい。ロータスは戻ってきてダリアと交代したけど、ヴィオラとバイオレットがまだ来ない。

「なんだ、ロータスか。ヴィーはまだなのか?」

 まだ姿を見せない二人のことをロータスに聞くと、

「はい。もう少々お待ちくださいませ」

 とのこと。さっきまで二人して昼寝してたんだったっけ。そこにいきなり客だから、支度に時間もかかるか。

「寝癖でもついたのかな? それでもかわいいのに」

 そしてしばらく軽食を摘みながら、ヴィオラたちを待っていたのだけど。やってきたダリアの言葉に、この場は凍りついた。


 ヴィオラが、階段から落ちたって? 命に別状はないけど、記憶が曖昧?


 とにかくヴィオラの様子をこの目で見たくて、僕は寝室に急いだ。




 大丈夫、大丈夫。きっと頭を打ったショックで混乱してるだけだって。落ち着けばすぐに、元に戻るって。大丈夫。

 自分に言い聞かせる。鼓動が早くなるのを深呼吸で落ち着かせる。……よし、大丈夫。

 僕は寝室の扉を開けた。


 ヴィオラはベッドにいたけど、起き上がっていた。侍女や医師と話している姿は、いつもと変わりない。なんだ、僕が来る前に元に戻ったんじゃないか。杞憂でよかった。

 しかし僕の問いかけに、一向に返事をくれないのが気にかかる。

「ヴィー? 傷が痛む?」

 傷のところに触れないよう気をつけながら、その艶やかなストロベリーブロンドを撫でると。

「貴方は誰ですか?」

「え?」

「え?」

 ヴィオラさん? 冗談にしては真面目な顔すぎるよ? そんな顔されたら傷つくでしょ。というか……ええ……嘘だろ……。


 今日一番の衝撃。ヴィオラは記憶が〝曖昧〟なのではなく〝失って〟いた。


 いやいや、決めつけるのはまだ早い。もう少し話をしたらきっと思い出すって。

 気を取り直して話してみるけど、僕のことも屋敷のこともバイオレットのことすら忘れていた。というか、ヴィオラの中では僕との結婚すらもなかったことになっている。なんてことだ!!

「まだ奥様は怪我をされたばかりで、混乱されているのですよ」

「そうだな」

『現実把握できない!』と言って頭を抱えるヴィオラを、どうしてやることもできずに見守る。無力な自分に苛立ちそうになったけど、ロータスの言葉で少し冷静になれた。そうだ、言ってもヴィオラはまださっき怪我をしたばかりだ。そうだそうだ。

「今は無理に思い出さなくていいから。いつも通りの生活をしておけば、何か思い出すかもしれない」

 と提案したけどさ。別棟に行くのは『日常』じゃなくないか?


 結局その夜は、別棟にいるヴィオラのことが心配で心配で一睡もできなかった。

 できることなら明日は仕事を休んで、一日ヴィオラの側にいたいけど。

「くっそ! こんな時に限って急ぎの案件があるなんて!」

 昨日、帰り際にセロシアから回ってきた書類にひと言『明日中にヨロシク』ってあった。あのヤロウ。次に会った時に何か嫌がらせしてやる。

 まあ、どう嫌がらせするかはおいおい考えるとして。

 どうせ出仕するなら明後日の分まで仕事を片付ければ、明後日、堂々と休みが取れるじゃないか。それなら誰からもお小言……ゲフゲフ、文句言われずに休める。

 それに、仕事に集中していれば、この現実を忘れることもできる。いや、ひょっとしたら仕事から帰ってきた時には、『ご心配おかけしました〜! あはっ!』とかいうサプライズがあるかもしれない。

 よし。ワンチャン期待しつつ、明日は集中するか。

後編に続きます。

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