記憶を取り戻したその夜に
本編199話目の、その夜の出来事をダリア視点で。
使用人さん用ダイニングで、ヴィオラの回復を喜ぶ使用人さんたちを想像してください(^ー^)
誰もがその瞬間、とても緊張していました。
「もうすぐ旦那様たちがお帰りになるけど……」
「奥様、どうでしょうか——?」
今日、奥様と旦那様は一緒にお出かけになっています。といっても、いつものお出かけではありません。奥様の〝失われた記憶〟をなんとか呼び戻すためのお出かけです。
『何度も行ったことのある場所を巡れば、何か思い出すことがあるかもしれない』
と、旦那様がおっしゃって。
どうやら旦那様の作戦は成功したようで、
「ただいま〜! みなさん、ご心配おかけしました〜!!」
帰ってきてすぐ私たちに向かって元気にペコリと頭を下げる奥様を見て、使用人一同、心から安堵しました。いえ、普通の貴族の奥様が使用人に向かって頭を下げるなどあり得ないことなんですけど、うちの奥様はまあ……ちょっと変わっていらっしゃるので、むしろ「あ、いつもの奥様に戻った」という安心材料なのですよ。
「一時はどうなることかと思いましたが、記憶が戻られてホッとしました」
「ほんとに」
終業後、使用人用ダイニングに誰からともなくみんなが集まってきて、飲み物片手に雑談会が始まりました。誰もが奥様の回復を喜んでいます。
「あまりに他人行儀だったから、なんか寂しかったですよね〜」
「そうそう。こう……お屋敷に来られたばかりの頃を思い出しましたよ」
「わかるわかる」
侍女たちが頷き合っています。
「初々しいっていうか、それもかわいいというか」
「かわいかったよね〜」
「これ。奥様のことを『かわいい』なんて失礼ですよ」
「「きゃー! ごめんなさい! でもかわいいかったから、つい〜」」
嗜めると首をすくめる侍女たち。まあ、言いたいことはよくわかりますけどね。確かに奥様には、お輿入れされた頃のような緊張がありました。
「奥様から『カルタムさん』て呼ばれた時は、さすがにショックだったな〜」
カルタムがしみじみしています。
いつもの奥様ならば『今日も美味しかったわ! ごちそうさま』というフランクな感じでカルタムにひとこと言うのですが、昨日の奥様は丁寧に頭を下げて感謝を伝えていました。カルタムにとっては、それがかなりショックだったようです。
「そうね。貴方あの時、この世の終わりのような顔をしていましたものね」
「それくらいショックだったんだってば。危うく包丁取り落とすところだったよ」
そうそう、カルタムがあまりにボー然としたものだから、奥様が『包丁! 包丁!』とハラハラしていました。
しかしショックを受けていたのはカルタムだけではありませんでした。
「俺はスコップ、落としましたけどね」
「「「「「おお……」」」」」
静かにマグカップを傾けるベリスにみんなの視線が集まりました。私も驚きましたよ。ベリスがスコップを取り落とすほど動揺するなんて、珍しい……いや、これまで見たことがありません。
「ベリスがそこまで動揺するとは、珍しいですね」
ロータスさんも驚いていました。
「最初の頃のようにビビられましたしね」
「そりゃあ仕方ないよ、ベリス強面だから」
「まあ……」
ドンマイと言いながら、カルタムがベリスの肩をポンポンと叩いています。
「ミモザから話は聞いていましたが……まさか、本当に綺麗さっぱり忘れているとは」
「うんうん、わかるよ。信じたくない自分がいたよね」
「はい」
頷くベリスに、周りも同調しています。みんな、奥様の記憶喪失を現実だと受け止めたくなかったようですね。かく言う私もその一人ですけど。
「せっかく俺にも慣れてくれていたのに……今さら怖がられるのはキツいですね」
「そうだね〜。でも奥様のことだから、もし記憶がなくなったままでも、また君に慣れてくれていたと思うよ」
「……そうですね。少し寂しい気もしますが」
「思い出はまた作ればいいことなんだし」
「ああ、それは旦那様もおっしゃっていましたね」
何気なく言ったカルタムの言葉に、ロータスさんが微笑んでいました。
旦那様といえば……どういうきっかけで奥様の記憶が戻ったんでしょうか。
「奥様が記憶を取り戻したきっかけはなんだったんでしょう」
ロータスさんは帰宅後の旦那様とお話しされていたのでご存知かもしれないと思い、聞いてみました。
「いつもよく行く場所を回ってみたけどダメだったようなので、最後の手段として、最初のプロポーズの言葉を、同じ場所——ユーフォルビア家の庭で、同じようなシチュエーションで言ったそうですよ」
それで思い出してくださったようです——そう言って意味深に微笑むロータスさん。
「わざわざ奥様の実家まで行って……?」
「ええ」
そこまでして、奥様の記憶を取り戻そうとするなんて。旦那様、本当に奥様が大事なのですね。
少し……いえ、かなり見直しました。
「そうですか。でも本当によかったですわ」
「そうですね」
奥様の快気をささやかに喜ぶ今日の雑談会は、いつもより少し夜更まで続いたのでした。
しかし、プロポーズの言葉で思い出すなんて……よほど奥様の心に残る言葉だったのですね!
ありがとうございました(*^ー^*)




