ユリダリスの心配
本編198話目くらいの裏側。ユリーさん視点です♪
フィサリス公爵夫人が記憶喪失になった。
屋敷の、階段から落ちて頭を打ったらしい。
執事さんの説明では『記憶が曖昧』だったけど、あとでリアから聞いたところによると、自分の旦那やこの屋敷のことをすっぽり忘れているそうだ。
奥様大好きの副隊長のこと、きっと精神的に大ダメージを受けていることだろう。別にフォローするつもりはないけど、どうせあいつの世話は俺の仕事も同然だから、何かしらトバッチリはくるだろうと覚悟はしている。
翌朝。
どうせあいつのことだ、『今日は仕事休む』とかいいだ出すんだろうなぁ。だいたい、奥様に何かあれば、そして長期の出張などの時は駄々をこねるのがいつものパターン。きっと今回もそうなるだろう。あ〜、憂鬱。
いろいろ見越した上で、俺は副隊長を迎えに行った。
「副隊長、時間ですよ。そろそろ行きましょう」
「ああ、今行く」
「ほらほら、奥様を困らせたらダメでしょう」
「ん? だから今行く、と言っただろうが」
「んんん?」
え? めっちゃ素直に出かける支度してるんですけど?
ごめん、俺今、空耳のままに返事してしまったわ。
副隊長は、『行きたくない』だの『休む』だのごちゃごちゃも言わず、執事さんから受け取った上着を羽織り、ピシッと襟を正している。
というか、若干執事さんも驚いてるように見えるのは気のせいか。
予想と違う展開に、俺が呆気にとられていると、
「どうした?」
涼しい顔して聞いてくる副隊長。
「いや、まあ……」
「さっさと行ってさっさと仕事するぞ」
「あ、はい」
まだこっちが動揺しているというのに、副隊長は奥様のところに行っていつものようにハグをしている。
「では、ヴィー。行ってくる」
「わわっ!? 行ってらっしゃいませ」
慌てる奥様の反応を見ると、やっぱりいつもと感じが違う。まだ記憶は戻っていないんだろう。
というより、うちの上司こそ大丈夫か? 逆にそっちが心配になってきた。
今日は心ここに在らずで仕事にならないんじゃないかと思っていたんだが、ところがどっこい、こいつもどこか頭を打ちつけたんじゃないかと疑心暗鬼になるほど、今日の副隊長はバリバリ仕事をこなしていた。処理ペースはむしろいつも以上かも。
俺が関係各所から回ってきた書類の山を持って副隊長の執務室入ると、一心不乱に書類を読んでサインしている姿が目に入った。
「追加の書類です。目を通してサインお願いします」
「わかった。ああ、これ、できた分だ。処理しておいてくれ」
「わかりました。そろそろ昼飯ですよ、どうします?」
「ん。わかった」
ノールックで書類を受け取る副隊長。
わかった、って。なんか会話が噛み合ってないんだけど。
「ひーるーめーしー」
「そうか」
ったく。動く気配がないから、あとで何か差し入れでもするか。
結局差し入れにも手をつけないまま、ひたすら仕事をしていたようだ。
やっと動いたと思ったら、「鍛錬に行くぞ」って、真剣持って立ってるし。
「や、ちょっと今日は真剣やめようか?」
「なぜだ?」
「え〜と、う〜んと、俺、今日、筋肉痛」
「……ふーん」
さっきまで根詰めて仕事してたんだ、いきなり真剣持って鍛錬は危ないでしょ。まったく。
俺は副隊長の手から真剣を奪うと、代わりに模造剣を握らせた。
ふう。これでまあ怪我はしないから安心だ。
鍛錬場でもいつも以上に一切手を抜くことなく剣を振り回していた副隊長。あ〜マジ、模造剣に代えててよかった。
いい汗かいたあとはまた執務室に戻って、書類と向き合っていた。
「めちゃくちゃ仕事が捗っていて逆に怖い」
「うわぁ、なにこの量!」
副隊長が処理した書類を捌きつつその仕事量にビビっていたら、通りがかった事務官も一緒に驚いていた。ああ……アンゼリカの旦那か。
「これ、フィサリス副隊長が一日でやったんですか?」
「そうだ」
「どんだけ集中してるんですか……」
まあな、それは俺も思う。
何をそんなに……と言いたいところだけど。仕事に集中して不安を忘れ去りたいってとこかな。
早く奥様が元に戻ってくれないと、あいつが倒れてしまいそうだよ。
だから副隊長が『明日は休む』と言ってきた時、誰も反対はしなかった。
ありがとうございました(*^ー^*)




