夜空の下、キミのとなり
活動報告SSより♪
たまたま仕事の用事で外出したところ、アルゲンテア家から出てくるうちの馬車を見かけた。うちの馬車に乗ってる人物といえば、ヴィオラしかいない。
バーベナとお茶でもしてたのかな。
まあせっかく出会ったんだし、と思って僕は追いつき、馭者に声をかけ馬車を止めさせた。
「ヴィー。バーベナ嬢とお茶でもしてたの?」
「サーシス様! ええ、ま、まあ」
突然僕が現れたからか、ヴィオラはすごく驚いたようで、その大きなサファイアの瞳がこぼれ落ちそうになっている。そんな驚かなくても。
しかしそれも、すぐにいつもの微笑みに戻った。
「サーシス様こそ、こんな時間にどうなさったんですか? 急に馬車が止まるからびっくりしました」
「たまたま用事で外出して、今から屯所に戻るところ。仕事中じゃなければこのままどこかデートにでも行きたいとこだけど」
「まあ! ふふふ、ちゃんと仕事に戻ってくださいませ。じゃないとまたユリダリス様に怒られますよ?」
「はいはい、戻りますよ。じゃあ、また夜に」
「はい」
そう言って、ごく普通にその場は別れたんだけど。問題は王宮に帰ってから発覚した。
「あら、公爵様、ごきげんよう」
「……アルゲンテア公爵夫人と、バーベナ嬢……?」
「ごきげんよう、公爵様」
「お二人とも、ごきげんうるわしゅう……」
王宮の廊下でばったり出会ったのは、他の誰でもないアルゲンテア母子。
って、えええええ!? お前、家でヴィオラとお茶してたんじゃないのか!?
内心ものすごく焦ったけど、僕は顔色一つ変えないで平静を装った。
「今日はずっと王宮に?」
「ええ。私とバーベナ、王妃様と姫様たちとのお茶に呼ばれてましたの」
「ああ、そう、なんですか」
「ヴィオラさんとも、またお茶をしたいとお伝えくださいませね」
「ええ、ぜひとも」
冷静を装ったまま、バーベナたちと別れたが……。
じゃあヴィオラはアルゲンテア家に、誰に会いに行ってたというんだ?
屯所に戻りながら僕は考えた。
サングイネア侯爵令嬢と会ってた、ということも考えられるな。なにせセロシアの婚約者だし。一人でアルゲンテア家に行きにくいからついてきてくれ、とか……。ああ、それならわからないでもないな。きっとそうだ、そうにちがいない。
って、せっかく僕が自分の中で納得のいく考えが出たっていうのに。
「まあ、公爵様、ごきげんよう」
「……サングイネア侯爵令嬢……」
まさかの遭遇!(二度目)
「今日は……セロシアに会いに来たんですか?」
「まさか! 王妃様のお茶会に呼ばれてましたのよ」
「アアソウデスカ」
「セロシア様は、今日はお休みだったと思いますよ? お屋敷にいらっしゃるんじゃないでしょうか?」
「ソウナンデスネ」
ん〜、と、考えながら侯爵令嬢がセロシアのことを教えてくれたけど、ということは、ヴィオラが会っていたのはセロシアってことか?
ヴィオラのことをここで口にするのは躊躇われた。
なにせ侯爵令嬢とセロシアは婚約してる仲だ。『セロシアとヴィオラが密かに会っている』なんて、確実ではないことを言うわけにもいかないだろう?
「え? 今日でございますか? 旦那様をお見送りしてしばらくしてからお出かけになられました。帰りでございますか? ええと、お昼前には帰ってきておられました」
「午前中いっぱいか」
「そうでございますね」
ロータスに今日のヴィオラの外出時間を聞いた。そう長い滞在でもないが短いとも言い難い。
ふむ……ここは本人に直接確認してみるか。やましいことがなければちゃんと答えてくれるはず。
「今日ですか? あれは、バーベナ様にお借りしていた本をお返しに行ってたんですよ」
ヴィオラに確認すると、そう返ってきた。
本を返すにしてはバーベナ本人はいないしセロシアに手渡すにしても時間が微妙だと思うけど。
それに何より。
「バーベナ嬢は王宮にいたのに?」
「あ、ええ、そう、バーベナ様はいらっしゃらなかったので、セロシア様にお渡ししておきましたの」
バーベナが不在だったということを言えば、一瞬目を泳がせたヴィオラ。なぜ一瞬焦った?
まさか、セロシアと浮気してる……とか!?
いやいや、早まるな。落ち着け僕。
バイオレットというかわいい娘を放って浮気するようなヴィオラじゃないだろ。
僕だって愛想尽かされるようなこと……も、最近はしてないはずだ。
それにそもそもうちの奥さん恋愛とかに全く興味ない人だしな!
絶対浮気とかじゃないって! 大丈夫だって!
「そ、そうか、そうだっったのか。あはははは…………はぁ」
「サーシス様? 大丈夫ですか?」
空元気出して笑ってみてもなんかモヤモヤする。
そんなモヤモヤを抱えたまま数日が過ぎた。
いつものように部下を使って調べればすぐに真相はわかるんだけど、怖くて実行できない僕がいる。
「どうしたものか」
ヴィオラに直接聞こうかどうしようか、大きな独り言を言いながら自分の書斎で着替えていると、僕のものではない本がテーブルの上に置いてあるのに気がついた。
手に取ってみると、今世間で流行っているやつだった。
『〝I love you〟を〝月が綺麗ですね〟って訳してるんですよ〜。ロマンチックだわ〜!』と、アンゼリカたちが騒いでいるのを聞いたことがある。
手に取ってみると途中のページにしおりが挟んである。
何気なく開くと、ちょうど有名な場面のページだった。
『I love you』を『月が綺麗ですね』か。誰が考えたか知らないが、随分意訳したもんだ。……今度使ってみようかな。
「しかしなんで僕の机にこんな本が?」
誰が置いたのか……。
本の表紙を見ていると、軽快なノックの音がして、
「サーシス様〜」
ひょこっとヴィオラが顔を出した。
「何?」
「お着替え終わりました?」
「うん」
「あ、その本、見ました?」
「ああ、しおりのところだけ」
「うふふふふ〜」
ヴィオラが僕の手元を見てにっこり笑ってる。なんだろう?
「サーシス様、ほらほら」
「?」
部屋に入ってきたヴィオラが僕の手を引き窓辺に連れていく。
その手がカーテンを開くと、雲ひとつない澄み渡った夜空に月が輝いていた。
ああ、今日は満月か……。
いつも以上に明るく大きく見える月を見ていると、
「サーシス様、〝月が綺麗ですね〟」
そう言ってヴィオラが僕を見上げてきた。
〝月が綺麗ですね〟
そうか。この本はヴィオラがここに置いたのか。
え? 何? じゃあ、この本は、ヴィオラがこのセリフを言うための仕込みとしてここに置かれてたってこと?
ああもう、うちの奥さん……やられたな。
ここ数日の浮気疑惑とか、悶々とした気持ちなどが、今日の夜空のように晴れ渡った。
「あ〜もう!」
安心したからか、体の力が抜けてその場にうずくまる。
「サーシス様!? どうしました?」
慌てて僕の顔を覗き込んでくるヴィオラの焦った顔も愛おしい。
僕はそのまま手を伸ばすとヴィオラを抱きしめた。
「びっくりしました〜! いきなりうずくまるんですもん、気分でも悪くなったのかと……」
「ははは、ごめんごめん。で、『月が綺麗ですね』の答えは『死んでもいいわ』だったっけ」
部下たちが騒いでいたのを思い出して言ったのに、
「え〜。それは重たいから嫌です」
「そうきたか」
あっさり断られてしまった。
ありがとうございました(*^ー^*)




