お姫様とお嬢様の優雅なお茶会 〜あの人たちの今〜
書籍発売記念小話より♪
本編172話目の後くらい、です。いろんな人の『それから』。
フルール王宮奥深く。
王家の人々が暮らす一角にあるプライベートな庭園で、三人の姫君たちとバーベナ、アイリス、サティ(クロッカス伯爵令嬢)、アマランス(ナスターシャム侯爵令嬢)、ピーアニー(コーラムバイン伯爵令嬢)がお茶を楽しんでいた。
王宮料理長が心を込めて作った焼き菓子やケーキが所狭しと並ぶテーブルで、優雅にお茶を飲みながら話に花を咲かせる。
「ヴィオラさんに会えなくて寂しいわ」
「ヴィーちゃんは元気にしてるのかしら?」
「公爵様に会いたいってお願いしても『今はダメ』の一点張りなんだもの!」
ここでもやはり話題に上るのはフィサリス公爵夫人ヴィオラのこと。
懐妊がわかって以来どこにも姿を現していないヴィオラは、以前よりさらに『幻』化したと、もっぱらの噂だ。
それもそのはず。ヴィオラを大事にする公爵筆頭に、公爵家の人々によって屋敷に軟禁状態にあるのだ。まあそもそも本人も、悪阻がしんどくて出歩く余裕もない。
しかし誰もヴィオラの姿を見ていないので、今は体調がどうなのかとヤキモキしていると、
「ご気分が悪くてあまり動けないと言っていましたわ」
アイリスが顔を曇らせた。
「え? どなたが言ってらしたの?」
驚き顔で尋ねるバーベナ。
「え? ヴィーちゃんご本人が、ですわ」
「それはどういうこと? アイリスさん、お見舞いに行かれたの?」
「ええ、先日。公爵様にお願いしても埒があかないから、ヴィーちゃんに直接お見舞いに行っていいかと聞いたんですの。そしたら『どうぞ』と快いお返事をいただいたもので」
涼しい顔で答えるアイリス。
「なんですってぇ!? 羨ましい。しかもいつの間にか『ヴィーちゃん』とか呼んでるし!」
バーベナはアイリスの言葉にピクッと顔をひきつらせた。
「あら、ヴィーちゃんから直接お許しをいただきましたのよ〜。おほほほほ」
バーベナを煽るように笑うアイリスに、
「むき〜っ! 今度わたくしもヴィオラさんのところに行って直談判してきますわっ!」
ハンカチを噛むバーベナだった。
それからしばらく、公爵家のお子ちゃまは男かな、女かな、公爵似になるかな、ヴィオラ似になるかな、どっちに似てもかわいいだろうね〜と話が盛り上がっているところに、
「アルテミシア様、お菓子が焼きあがりました」
静々とお菓子を乗せた皿を運んでくる女官がいた。
それは、女官の仕事に朝から晩まで従事して、フルールにきた頃よりも随分とほっそりしたオーランティアのオランジェ王女だった。
オランジェは粗相もなく、しかし確かな手つきで女性陣の空いたお皿に菓子をサーブしていく。
「ありがとう、オランジェ。ついでにお茶も新しいのを用意して」
「かしこまりました。お次はミルクになさいますか?」
「任せるわ」
「はい」
一の姫の言葉に素直に答え、ぬるくなったお茶のポットを下げるオランジェ。
その姿をバーベナたちがじっと見ている。
「……あの妹君があんなに大人しくなるなんて……」
ごくりと生唾を飲み込むアイリスと、
「姫様、何をなさったんですか?」
ストレートに尋ねるバーベナ。
「ん〜? 別に? 貴人牢で何か怖いものでも見たんじゃない?」
「牢から出した時には真っ青だったの〜。くすくす」
「ガクブルしてたもんね。やっぱり噂は本物だったんだ〜」
そう言ってくすくすと笑う姫君たち。
王宮の貴人用の牢屋には、昔々の政変で無念の死を遂げた誰かの霊魂がまださまよっているとかなんとかという伝説があるのだが、誰も確かめたことはなかった。
「女官として働くにはマナーとか振る舞いがなってなかったから、一から叩き込みはしたけど、すんごい素直に矯正されていったわよ」
「だからって見張りは外さないけどね」
澄ました顔をしてお茶を飲む姫君たち。
「「「「「バカ兄妹は貴人牢の噂を身をもって確かめたのか……」」」」」
本当のところはどうか知らないが、ゾゾ〜っと背筋が凍る思いがしたお嬢様方五人だった。
「そう言えば、先日アンバー王国の使者団がやってきてましたよね。その中にアンバーの前農相のおじいちゃん……なんとか伯爵だっけ、名前忘れちゃった、がいたのですが」
バーベナが思い出して言った。
「若い人に農相の官位を譲った直後だからっていって、後見人みたいな感じで一緒にきてたんですけど」
「きてたわね。それで?」
「アルゲンテア家でプライベートな夜会をした時に招待したら、奥様連れで参加してたんですけど、その奥様らしき人が——」
「「「が?」」」
その夜会の場にいなかった姫様たちがぐっと食いついてきた。
バーベナは六つの瞳をじっと見つめ返してから。
「……公爵様の元カノでした……」
「「「……おおっ……」」」
つつーっと冷や汗を流す姫君たち。
「これは触れてはいけないやつ……よね?」
「今このネタで公爵様をからかったら命がなくなりそうな気がするのは私だけじゃないわよね?」
「エレタリアお姉様、それ正解」
三の姫が二の姫に同意した。
公爵の黒歴史に触れたら…………。
ここは賢明にも口をつぐむことにした姫君たちだった。
「そう言えば、アルテミシア様の結婚式はいつになりましたの?」
バーベナが一の姫に話を振る。一の姫は先日降嫁先が決まったと発表されたところだった。
「まだはっきり決まってないけど、ちょっと先になりそうよ」
領地に屋敷を建てなくちゃならないし、式は周辺諸国も呼ぶみたいだから準備が大変だし……と、ため息をつく一の姫。
「オーランティアとの国境に正式に辺境伯を置くことになって、その方とでしたよね?」
「ええ。まあ悪い人じゃないからいいかなって思ってるわ。それより、バーベナさん、あなたどうなのよ?」
「わたくしですか?」
一の姫から話を振られてキョトンとなったバーベナ。
「年下のイケメンから迫られてるって噂を聞いたんですけど?」
ニヤリと流し目をする一の姫。
「そのお話、ヴィーちゃんも気にしてましたわ!」
先日フィサリス家にお邪魔した時にその話題になって、物凄い食いつきをしたヴィオラのことを思い出したアイリスものっかってくる。
「ええ……って、そうですわ! ちょっと、ナスターシャム侯爵令嬢!」
ハッと我に返るとアマランスに食ってかかった。
「えっ? 私ですか?」
バーベナの勢いに今度はアマランスが目をぱちくりさせる。
「そうよ! ちょっと、あなたのところの弟なんとかしなさいよ!!」
「え? 弟? サージェントが何か粗相でも?」
「しつっこいのよ!!」
「はあ?」
「あの夜会以来、何かと顔を合わせりゃちょっかいかけてくるんですけど?」
「ええ、と。まあ、とりあえずやめるように言っておきますわ。バーベナ様はフィサリス公爵様のことが好きなんだから、あなたなんか叶いっこないって」
こんな感じでいいですか? と尋ねるアマランスに、
「ちっが〜〜〜うっ!!」
真っ赤になって否定するバーベナだった。
「じゃあ、結婚が決まったのってアルテミシアお姉様だけ? バーベナさんは時間の問題として、他は誰も何もなくて?」
「そうですわね、まだしばらく白馬に乗った王子様が現れるのを待ちますわ」
プンスカしているバーベナをスルーした二の姫が令嬢方に聞けば、アイリスがにっこり笑って答えた。
お茶会は和やかなうちに終了した。
余韻に浸りながら令嬢方が車寄せに向かって庭園内を散歩がてら歩いていると、騎士団の屯所が見えてきた。
屯所といってもそこは裏手で、洗濯場のようだった。数人の男たちが洗濯に勤しんでいるのが見える。
「まだ入団したての若いのが、修行で下働き……えっ?」
「どうなさったのアイリスさん?」
男たちが働く姿を見ながら話していたアイリスが急に目を見開き絶句したので、不審に思ったサティが声をかけると、
「あれ! バカ王太子じゃない!?」
アイリスが一人を指差し叫んだ。
みんなが一斉にそちらを見る。そこにいたのは……。
『少年』と言っても過言でない男の子たちに混じって、ひときわ図体のでかい男がいた。
そのアクの強い……げふげふ、インパクトの強い姿形は、一度見れば忘れることはないだろう、オーランティアの元王太子。
「洗濯してる……」
「ちょっと楽しそうにやってるとこがキモい‥‥」
オーランティア廃太子は、見張りの騎士の前で楽しそうに洗濯していた。
その光景をボーゼンと見ている令嬢方に、
「なんか、皿洗いとか食材の下ごしらえとか、下働きに目覚めたらしいですよ。って、弟が言ってました」
騎士団所属の弟からの話をするアマランス。
「「「「「何があったの??」」」」
「ん〜? なんでも王宮の女官の一人に一目惚れをして、その人に『まじめな人が好き』とか言われて? みたいな?」
「「「「「マジか〜〜〜!!!」」」」」
惚れっぽすぎだろ!! そして乗り換えはやっ!! その性格がなければあんな事件も起こらなかっただろがっ!!
令嬢全員が心の中でつっこむ。
「もちろんその話はプルケリマ様たちに筒抜けで、しばらくボロッボロになるまでこき使われたらしいですわ」
「「「「当然でしょ」」」」」
どこまでも人騒がせな迷惑人物だが、とりあえず兄も妹もしっかりとした見張りのもとでおとなしく、矯正は進んでいるようだった。
ありがとうございました(*^ー^*)




