忘れられた出会い
活動報告より加筆修正して転載です♪
華麗なる円舞曲が、途切れることなく流れています。
煌びやかなシャンデリアは、一体いくつあるのでしょう? 数えようにも途中でわからなくなるくらいたくさんあって、そのどれもが金色の光を纏いきらっきらと輝いています。
なんと今日、私ことヴィオラ・マンジェリカ・ユーフォルビア伯爵令嬢は、社交界にデビューしちゃうのです!
っと、まあ大袈裟に言ってみましたがメンドクサイことこの上ないというのが正直なところで。それに斜陽伯爵家の娘がデビューしようがすまいが、今を時めくお貴族様たちには全く関係ないことですしね~。いとやんごとなき際にはあらぬ私ですから。
別にデビューしてないからって死ぬわけじゃあるまいし。素敵な貴公子をゲットしたいわけでもないし。あ、スミマセン。さっきからちょーネガティブかつ枯れた発言していますが、これでも私、ぴちぴちの15歳です!
今宵はアルゲンテア公爵家で夜会が開かれています。
アルゲンテア公爵家といえば、この国一番の勢力をお持ちのフィサリス公爵家に次ぐ名門。ですから招待客も大勢です。
名門貴族様ですから、そのご招待を無下に断れないので、うちみたいな弱小貴族も参加しているので客があふれかえっているのです。
我が家は裕福でも何でもありませんから、お付き合いは最小限に食い止めたいんですけどねぇ。社交は無駄にお金がかかりますから、家計を圧迫するんです!
初めて足を踏み入れるアルゲンテア家は、とっても広くて大きくて、ぶったまげてしまいました。お屋敷が大きくて立派なのは言わずもがな、敷地内にワール川という大きな川が流れていて、その上に回廊なんて作っちゃってるんですよ! すごーくお か ね も ち なんですね!
川沿いに作られた庭園も、色とりどりの花が咲いていてとっても綺麗です。うちの庭園? 野草庭園ですが何か?
まあそれはさておき、このアルゲンテア家での夜会が私のデビューになったわけですが。
今日の私は、デビュー祝いにと両親からプレゼントされた、オリーブ色のシンプルなドレスを着ております。え? 渋い色だって? いいんです。目立つ気なんてさらさらありませんから。
そしてそもそも貧相なスタイルですから、どんなに頑張ってもつるぺたはつるぺたです。それをカバーするような飾り物もありませんから、自然体でいこうと開き直り、フリルはないけど胸の下から切り返した、ラインの綺麗なドレスです。もちろん露出は控え目です☆
まあ全体的に『地味』の一言に尽きる私ですが、それでいいのです。
斜陽貴族ごときが目立っても、出る杭は打たれるだけ。
私に貴族社会で上手く立ち回れるような実力はございませんから、ここはひとつ、美味しいものをいただきながら、貴族社会のアレコレをじっくり観察させていただく場として捉えることにしたのですよ! ネガティブなようでポジティブシンキング!
普段食べないような美食の数々に美味しい飲み物。あまりの珍しさに私の胃はびっくりしていますが、今食べないでいつ食べられるというのでしょう? たくさんいただくと、本当に胃がテロを起こしそうになるので、ほどほどに、それこそ一口づついただくことにしました。それでもたくさんの種類があるので十分な量になりましたよ!
ちょっとづつお皿に取り分けて、しれーっと壁際に移動です。いいですよ~壁際! 派手な人々はむしろ寄ってこないし、人間観察にはもってこいなんです。壁の花? いやいや忍法隠れ蓑に近いかもです。だってこちらの壁、オリーブ色だったんですから!
私が食べることと人間観察に専念している頃、にわかに会場が騒がしくなりました。どなたかが遅れて到着されたのでしょうか?
「きゃあ! フィサリス公爵様よ!」
「今日も素敵ねぇ!」
「今日はお一人かしら」
といった黄色い声があちこちから聞こえてきました。主に若いお嬢様方の間で。頬を染め、手にした扇で口元を隠しながら、それでもきゃぴきゃぴと嬉しそうに入り口の扉の方を見ています。ハート模様がぷかぷか浮いていているようです。そこだけ空気が桃色に見えたのはきっと気のせいでしょう。
しかしどうやらウキウキとした反応は、なにも若いお嬢様方だけではありませんでした。
「いつ見ても目の保養になりますわぁ」
「本当。私がもう少し若ければ仲良くできたものを」
「まあ」
「まあ」
「「おほほほほほ~!」」
明らかに年かさ……こほん、落ち着いたお姉さまたち(?)でさえもこのご様子。若返り発言をしたマダム、貴女うちのお母様と同い年くらいですよね? 一体どんだけ若返るつもりだよ……っと、げふげふ、失礼いたしました。
まあ、そんな感じで注目の主は会場中の老若お嬢様を虜にしているようです。しかし私は全然興味が湧きません。
フィサリス公爵様ですか。知らね~。しっかしこのケーキ、うま~。
私は会場を楽しく観察しつつ、極上のケーキを味わっていました。
肝心のフィサリス公爵様は、会場に姿を見せるや否や彼を狙うお嬢様方にあっという間に取り囲まれてしまって、もはや色とりどりのドレスの塊にしか見えません。いや、お顔は見えますね。かなりの長身のようで、ドレスの塊の中心から頭が出ているという、何とも滑稽な感じ……いやいや、華やかなお姿。遠くて顔の造作がよくわからないのですが、キラキラしています。綺麗な濃茶の髪の毛が、シャンデリアの光に煌めいてそう見えるのかしら? 天使の輪も真っ青な艶々っぷりです。
興味のない私の目には光の塊のようにしか見えません。
まあ、フィサリス家といえば先ほども言いましたがこの国一番の超名門貴族様ですから、私のような末端貴族には一生関わり合いがないと断言できます。少々公爵様の顔が判らなくても全然平気なのです! キラキラ光る君でいいじゃないですか。むこうは雲上人、所詮私はいとやんごとなき際にはあらぬ地味娘ですしねっ☆
そもそもこの夜会に出会いを求めてきているわけではない私ですので、どの殿方も名前も顔も覚えていません。むしろカボチャやジャガイモにしか見えていないかもですね。まあ要するにどれも同じということで。
超優良物件? それはみなさん、奮って堕としにかかってくださいませね!
私はこういう場に滅多にきませんので、楽しくこちらで観察させていただきますから!
そして夜会の夜は更けてゆく――
当の公爵様から縁談という、青天の霹靂まであと3年――。
* * * * * *
「本当にヴィーは僕のこと見てなかったの?」
「ええ。見えませんでしたよ? 綺麗なお嬢様方に囲まれていらっしゃったなぁとしか覚えてないですねぇ」
「僕、目立ってたよね?」
「みたいですね~」
「みたいですね~、って、すっごく他人事だね」
「他人事ですもの。それに旦那様のこと、私ちっとも知りませんでしたし」
「あ~、もうそれ以上言わないで? ……へこんできた」
「旦那様?」
「ヴィー。『旦那様』じゃなくて?」
「……サーシス様」
「ま、いつか『様』はとってもらうからね」