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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
二章  出逢いの先に
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「じゃあやっぱりリアスになるんだね、チェザは」

「楽しみだなぁー。おれんちの隣からリアスが出るなんてうれしいです」

 ごく浅い森の中を歩きながら、アストとラフィが自慢げに言った。

 アストはリアスであるロアの次男で十六歳。兄といっしょに鍛冶屋を経営している。

 ラフィはチェザの隣の家に住む、チェザよりひとつ年下の十四歳。薬草取りの仕事がしたいと言っている。

 二人とも、幼いころからチェザの親友だった。

 ここは東の森と呼ばれている、比較的なだらかな斜面にある森だ。なだらかとはいえ、その奥には高い山が聳え立ち、当然ながらこの山を超えた民はいなかった。東の森は凶暴な獣が少なく木の実が豊富なことから、子供たちの遊び場として、また染め粉に使うラヌーの葉やトリアの実の採取場として、また山菜や果物など日々の食糧確保の場として様々に使用されていた。

 西の森は、狩猟の森である。つまり肉を確保するために獣を捕獲する場なのだ。また河も流れているため、魚を採ることもできる。サーラの民が知る河はここだけなので、河に名前はついていなかった。ただ河とだけ呼ばれている。この森は少々危険なため、もちろん子供は立ち入ることができず、また狩りを必要以上に行なうことをしないサーラの人々は、大人であっても許された狩りの時以外はめったに立ち入らない。決まりごとはなくても、この国ではそういった合理性が成り立っているのだ。

 南の森は、子供はおろか、大人でも滅多に立ち入らない禁断の森である。ときおり聞こえる獣の咆哮はたいていこの南の森から聞こえる。人間では太刀打ちできない凶暴な獣が住む森なのだ。

 北の森は月霊ルーシファーのための森とされている。それもそのはず、聖月の祠があるのが北の森だからである。ここには月姫の巫女とリアス以外は立ち入らない。そういう決まりごとがあるわけではないが、月姫の巫女を敬うことが生きる証であるサーラの民たちは、自然と聖なる森を汚すことのないよう、足を踏み入れないようになっていた。

「でも、リアスになるときの銀の儀式って特別だっていうよね」

 ラフィが振り返ってチェザに尋ねた。彼らから少し遅れ気味だったチェザは、あわてて少し小走りになり、二人に追いついた。

 チェザの母親が月姫の巫女の姉であることをもちろん彼らは知っているが、リアスという称号や月姫の巫女という高貴なる存在は、そんな些細なことで贔屓されるほど俗世に染まったものではなかった。月姫の巫女の血縁として敬われるのは、月姫の巫女の子、父母、祖父母、そして両親を等しくした兄弟姉妹だけである。

「ん。でもおれ、がんばるよ」

 アストとラフィの手前、さらりとそう言ってみせるものの、チェザの胸中は不安が押し寄せていた。何をがんばればいいのかもわかっていないのだから。

 かろうじて道のように見えている獣道を歩きながら、チェザは前を行く二人の背中をじっと見つめた。彼らは自分の知り合いの中からリアスという名誉ある称号を持つ民が生まれることを心から喜び、そして自慢そうに語っていた。

『……本当によく考えて未来を決めたのか?』

 カリの一言が重く、のしかかる。

 今まで悩んだことなどなかった。自分がリアスになるのは当たり前だと思っていたし、それを疑いもしなかったのだ。リアスであったロアを父に持つアストはともかく、ラフィはたぶんリアスと出逢う機会や、ましてや間近で話す機会などなかっただろう。アストにしても、父ロア・リアスをかなり早くに亡くしているからリアスとの関わりはかなり少ないだろう。チェザの父とは親友であったというロアに、チェザは会った記憶はなかった。

 だが、チェザは恵まれていると思う。民にとって遠い月のような存在である月姫の巫女やリアスというものを、近くで感じることができるのだから。

 だがそれは、チェザ自身の徳ではない。彼もそれは承知していた。そしてそれが、母の妹が月姫の巫女だからという理由よりもむしろ、父親の功績によるもののようだということも薄々感じ取っている。

 会ったこともない父。

 顔も知らない。だが、父を知る民はみなチェザによく似ているという。彼らの語るチェザ・リアスは英雄だった。月姫の巫女を命を捧げて守り抜いたリアスとして。

 けれどそれは、偶像。

 チェザが欲しい父親像ではない。

 だからこそ試したいのだ。

 父親がいたというあの聖月の宮で。

 父親が命を捧げて守り抜いた月姫の巫女の下で。

 きっと何かが起こる。そして、そのときチェザはきっと何かができるのだと、そう漠然と確信していた。


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