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二人が手を繋いで聖月の宮を出ると、広場にはリアスたちと月姫の巫女、そしてその家族がいた。そして、チェザの母親であるファーリーも残っている。
「あぁ、やっと来たわね」
「ネオンさま!」
二人がネオンのそばに走り寄った。チェザはフィーザの表情をちらりと窺ったが、内面はどうあれ落ち着いているように見えた。
がらんとした空虚な広場に違和感を覚える。
民の気配がまるでない。
もうこのサーラ国にはここに集まっている十人強しか残っていないのだ。
「貴方たちが最初に行くのよ」
「え?」
二人の驚きの声が重なった。
「月姫の巫女様たちとともに最初に行くのは貴方たちよ、チェザ、フィーザ」
突然の指名に、チェザは呆然とした顔つきでネオンを見上げた。
月姫の巫女、その父であるアース、母であるウリン、産まれたばかりの弟ミール、そしてチェザの母ファーリーを守るのは、チェザとフィーザなのだとネオンは言う。
「な、なんで……?」
「出発が遅れれば遅れるほど危険。貴方たちは若いのだから、月姫の巫女様と逃げられれば必ずサーラに戻ってこれるわ。そして再建できる」
では、そのあとに続くリアスたちは……。
「私たちは全力で貴方たちを守るつもりよ。カリのようにね……」
「ダメだよそんなの!」
全員で逃げれば人数が多すぎて小回りがきかないのはわかる。だが、ネオンの哀しそうな笑顔はまるで……。
「私は犠牲が美しいだなんて思わない。けれど時には必要だわ。……でも、生きて会えるといいわね。チェザ」
ネオンはそう言って笑いかけた。そして、ファーリーを見る。
「ファーリー様」
「貴女にはチェザが産まれたときからずっと助けてもらってばかりね」
「……そんなことありません。チェザはいい子で、立派な大人で。きっと貴女たちを守っていけます」
「えぇ」
ファーリーは母親の表情で頷いた。
「月姫の巫女様……、どうかお気をつけて」
ネオンは他のリアスとともに月姫の巫女に対して軽く頭を下げた。
「貴女たちも。きっとまた会えるから。信じて」
「ーーーはい」
月姫の巫女のその言葉は、リアスにとって何よりも誇りになる。
ネオンはもう一度チェザとフィーザを見た、チェザたちもネオンたちを見た。美しく輝く十字の紋章をお互い確かめ合うように。
そして、ラカーユ、一房の緑の髪、銀の髪留め、トリアの金布。
それらすべてが誇りだった。彼らリアスの命そのもののように光るものであった。
「早く行きなさい」
「でもネオンさま……」
なぜ、経験のない彼ら二人にこの国の要である月姫の巫女をたくすのか。ただ、若いから……それだけの理由で。チェザとフィーザは、この十字の紋章を擁いてからまだ一つの暦も巡っていないのだ。
「言い訳は聞かないわ、時間がないの!」
「なんでおれたちを」
「言ったでしょう、若いからよ。それに……」
何かを言いかけたが、頭を振ってその言葉を飲み込んだ。
「なんでもないわ、早く行きなさい!」
ネオンは、二人の背中を押した。
「……わかった」
チェザは最後にネオンに対して一つ頷いた。
「行ってきます、サーラ国」
必ず戻ってくる。これは別れなどではない。そうやって自らに、リアスたちに、サーラ国に言い聞かせた。
アースを先頭に、チェザを最後尾に一行は歩き出す。後ろは振り返らない決意をした。涙を見られたらカリに笑われてしまう。
まだまだ子供だな、と。
初めて踏み入れる南の森は、生命の匂いがした。