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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
十一章  永遠の意味
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「フィーザ、まだこんなところにいたのかよ。もう民はみんな南の森に行っちゃって、あとはおれたちリアスだけだよ」

「…………」

「なんで聖月の宮なんかに……」

「…………」

 フィーザは一人座り込んでいて顔を上げなかった。そんな力も残っていないように見える。

 小さな身体、細い肩。微動だにしないそれを、チェザはぽんとひとつたたいた。

 そして隣に腰を降ろす。

 彼女の瞳は真っ赤に腫れていて、乾ききっているようだった。疲れたそれに、色はない。

「しっかりしろよ、フィーザ」

 その顔を覗き込むものの、双眸にチェザは映っていなかった。彼女の小さな両手が懸命に握り締めているもの、それがなんなのか本人は気づいていないのかもしれない。チェザはそう思った。

「ほら、行こう」

「……離してっ!」

 無理矢理手に握っているものから離そうとしたが、突然強い口調でフィーザが叫んで身じろぎし、チェザの手を振り払った。

「……フィーザ!」

「カリ様が起きるまでフィーザはここを動かないわ」

 色のない双眸が見つめるもの、それは同じように色を失ったーーーカリの顔。彼女は再びカリの手を握り締めた。

「ーーーでも、もう……起きないよ」

 チェザ自身、認めたくはなかったけれど。

「そんなことない! フィーザが待ってるんだから、カリ様は来てくれるわ」

 生気を失った顔。もともとかなりの重傷だったのだ。ここまで危機を知らせるだけでもすでに限界を超えていた。月姫の巫女と民のために気力だけで生きていた。

 そんな辛さは微塵も見せずに、カリは静かに誰もいない間に息を引き取ったという。

 月姫の巫女様をよろしくと、その言葉を笑顔で遺してーーー。

 彼は、最期までリアスだった。

 サーラを守るその意味を知っていたのだ。

「……逃げないと」

「カリ様といっしょじゃなきゃいやよ」

「それじゃ死んじゃうよ!」

「構わないわ!」

 叫んだチェザにさらにきつい語調でフィーザが切り返した。その瞬間、チェザの中で燻っていたものが解き放たれた。

「ばかぁ~!」

 知らずに怒鳴りつけていた。

 びくりと肩を震わせるフィーザが口を開くより先に、チェザが声を荒げる。

「カリがなんでここまで来たと思ってんの? おれたちを助けるためなのに。カリはおれたちに月姫の巫女様を守ってもらえると信じてたからこうやって危険を知らせてくれた。おれたちは月姫の巫女様を守らなきゃ! カリが命をかけたんだから……!」

 あまりの大声にフィーザが顔を上げた。

 だが、すぐにまた俯いてしまう。

「……だって、カリ様が死んでしまわれたら……『あれ』が本当になっちゃう。民がみんな……殺されちゃう」

「ーーー『あれ』?」

 殺されちゃうのーーー。

 フィーザはもう一度呟いた。

「どういうことだよ、それ」

 にわかに震え出す肩、カリを握る両手に自然と力がこもる。

 瞳に唯一戻った感情はーーー恐怖。

「銀の儀式で見たの……」

 フィーザは俯いたまま言葉を紡いだ。

「カリ様が死んでしまった……。民はみんなどこかの森に逃げるけれど、たくさん殺されてしまった。そして……月姫の巫女様とそのご家族も、いつのまにか行方がわからなくなったわ……」

 まるでもうすでに起こった出来事のように、フィーザは過去形で話した。

「チェザも死んじゃってて……フィーザは一人で大きな水たまりの近くに立ってるわ」

 淋しくて哀しくて、フィーザも死んでしまいそうだったの……と彼女は呟いた。

 にわかには信じられない話だった。愕然とした思いで、フィーザの顔を覗き込む。

 銀の儀式でフィーザが視たのが、今これから起きる未来かもしれないなんて。だが、森に逃げること、カリが死んでしまったことなど今と状況がよく似ている。

 だから、チェザには否定できなかった。

 あの聖月の祠の神秘をも知っているから。

「……おれも? おれも死んじゃうの?」

「…………」

 無意識にそうつぶやいてしまってから、チェザは今この質問をフィーザに答えさせることがどれほど残酷なのかを知った。

「ーーーごめん」

 今、ここで尋ねるべきことではなかった。

「そのとき、月姫の巫女様は何も言わなかったの?」

 チェザのときのように、最後に彼女の姿を見ることは叶わなかったのか。

「貴女の思う通りに生きなさい……と、それだけ」

 なんという未来、なんという運命だろう。

 フィーザがあの日見たのは、今この先で起きるであろう未来の断片なのか……。

「このことずっと、一人……で?」

 この未来を知りながら、彼女は今までチェザやカリや他のリアスたちと接触してきたというのか。そんな素振りはまったく見せずに明るく……?

 残酷すぎる未来を抱えたまま。

「言えないわよ、言えるわけないじゃないっ! チェザに言ったらカリ様を、サーラを救えた? フィーザだってリシーのことは知らなかったのだもの。それに信じる? サーラがなくなるなんて、みんなが死んじゃうなんて……っ!」

 今だからこそフィーザの言葉が真実だとわかるが、平和すぎる日々の中でこれらを聞いても現実味など沸くはずがない。カリが殺されて、民もみな殺されて、サーラそのものがなくなるなんて……。

「おれがさせない」

「え?」

「おれが殺させないよ、民も月姫の巫女様も、おれ自身も」

「で、でも……銀の儀式で見たことなのよ? 無理よ……聖月の祠は嘘を教えたりしないわ」

 神聖なる祠での出来事は疑えない。

「金の御剣がない聖月の祠で、だろ? ならそれは本当じゃないかもしれない。おれが変えるよ、サーラの未来もぜんぶ!」

 サーラを守るためのリアス。

 月姫の巫女を守るためのリアス。

 チェザはそれを祠で誓った。

 今思えば、この日のための誓いであったのかもしれない。

『平和ってわかるか』

『サーラを守りたいんだよ、俺は』

 それはカリの言葉。

 サーラを愛した一人のリアスの言葉。

 今のチェザにはそのときのカリの気持ちがよくわかった。

「……チェザが、守るの?」

 縋るような瞳。チェザは力強くうなずいて見せた。

「だから行こう、いっしょに行こう」

 立ち上がり、チェザの伸ばした手をフィーザは一瞬躊躇った。カリの表情を窺う。その手を離していいのかと尋ねるようにして。

 そして一つ小さく頷くと、フィーザはカリから手を離し、チェザの手を取って立ち上がった。

 カリを振り返るのはやめた。


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