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 サーラ国の民は千人前後いる。

 そのすべてを聖月の宮の広場に集めることはさほど難しいことではなかったが、国を捨てて西の森を抜けるという説得はやはり、混乱と戸惑い、恐怖を生み出し、さらには怒りや月姫の巫女に対する不信を感じさせた。

 長イーザを含む、リアスたちの突然の死。そしてその先にある恐怖。未知なる西の森の奥と、予測できない未来。

 説得はネオンと二人の年長のリアスが行ない、その他は周辺の見回りを行なうことになっていた。

 チェザはアースとともに北の森近くを歩いていた。

「なんか……まだ信じられないよ」

「そりゃそうだろうさ。これほどの出来事は今までなかっただろ?」

 サーラには歴史を刻むという概念はない。歴史とは月姫の巫女が持つ記憶そのものだからである。彼女がすべてを憶えている。それこそがサーラの証となるのだ。

「サーラはどうなるの? リアスはどうするの?」

 思わずそう尋ねてしまった。言ってから、はっと気づいて口を押さえた。

「リアスであるお前が、リアスでない俺に尋ねるのか?」

「……ごめん」

 つい、甘えてしまった。

 彼は母の弟だから昔から知っていて、つい本音が出てしまう。もうチェザは大人であり、リアスなのだ。いまさらながらその自覚がないことに気づかされて自己嫌悪になる。

(……おれ、なんでこんななんだろう)

 俯くチェザの頭を、アースがぽんぽんと軽くたたいた。

「エリェルとお前たちリアスが導くんだろ? 民は月姫の巫女を今は戸惑いの中で罵倒しているかもしれないが、結局は最後のよりどころでもあるんだからな」

 立ち止まり、北の森の奥を見つめてアースは呟く。

 あれほど神聖視していた森が、今は黒く濁った光を放っているようだった。

 アースが、月姫の巫女の弟から月姫の巫女の父という立場に変わってからまだ一月しか巡っていない。彼は幼い月姫の巫女の身を誰よりも危惧している。

(……最後のよりどころ)

 でもその言葉はまだ五歳の彼女には少し重いものだった。

(リアスはそれに……なれないのかな?)

 民の最後のよりどころに。

「おれがさ……」

「ん?」

「おれが守るよ、月姫の巫女様のこと。アースはさ、心配しなくてもいいよ。ちゃんと守る。サーラのために」

 とっさに出た言葉だった。アースの背中がいつもと違っているように見えたから。そう感じたら声に出していた。

 だが、言ってしまってからはっと気づく。

 これは半端な決意などではないことを。心の奥底のどこかでずっと、燻っていた思い。リアスとしての誇り。

 チェザは背筋を伸ばして顔を上げた。

 今は下を向いているときではなかったのに。

「頼もしいことだ」

 振り返ったアースは少し口元をほころばせた。幼い少年とばかり思っていたチェザの、リアスとして立つ姿を眩しく思って、軽く目を細める。

 そして、そこに重なるのはーーー十五年前のチェザ・リアス。

 二人はやはりよく似ていた。姿形だけではなく、その正義感と誇り、リアスとしての立場の思考、感性といったものがやはり、同じものでできているのだ。昔、チェザに甘えていた幼い自分を思い出した。

 そのせいか、周囲の気配から一瞬だけ周囲を逸らしていた。

「……あ」

 チェザが低い声を上げた。どうしたのかと問う前に、アースも振り返りチェザと同じものを視界に捕らえた。

 森の中から人影が現われたのだ。

 見知った顔だった。ゆらゆらと風に揺れる髪は黄金。

「……リシー」

 久しぶりの彼の姿だった。

 チェザは笑いかけようとした。だのに、できなかった。

 もう一度会えたことにほっとしているはずなのに、なぜだろう。手が震えていることにチェザは気づいた。

「リシ……っ!」

 かっとアースが拳を握り締めて叫んだ。

「この裏切り者が! このサーラを壊すために、民を殺すために……わざわざ……っ!」

 激しく痛々しい声だった。

 リュシルエールが顔を歪めて一歩あとずさった。

「ち、違う……裏切ったのでは……」

「いまさら弁解するのか! ここまでしておいて言い逃れできると思っているのか!」

 アースの怒りは収まらない。それはそうだろう、彼にとって月姫の巫女は、国の要であると同時に大切な娘なのだ。彼女の国が今、奪われようとしているーーー。

 チェザには何も言えなかった。

 この期に及んでまだ、リュシルエールを信じたいという思いが残っていることに気づいてしまったから。だが、アースの怒りももちろん、サーラの民としてリアスとしてわかっている。

 どちらも正しいのだと思いたかった。

「お願いです。巫女様に……会わせて……」

「バカなことを!」

「……伝えたいことがあるのです」

 アースの罵倒に晒され肩を落としながらも、彼は二人に一歩また一歩と近づいた。

 アースが袖の中に手をやり、双剣の柄を握る。

「聞いてください。信じてください。私、嘘言いませんから」

「エリェルは渡さない!」

 自分の娘が狙われるかもしれない状況で、リュシルエールの信じろという言葉はあまりにも無意味に聞こえた。

「……待って、待ってよアース。何をするつもりなの!」

 アースが激昂すればするほどチェザは冷静になることができた。いや、アースの激しい感情に晒されて、冷静にさせられたというべきか。

「俺たちを、サーラを騙したんだぞ、信じるのかチェザは!」

「騙してないっ!」

「月姫の巫女様に会わせるかはともかく、話だけでも聞いてあげたいよっ!」

 チェザは視線をアースからリュシルに移した。黒い瞳に促されて、リュシルエールは口を開く。

「……どうしても伝えなくてはなりません。大切なことなので、直接言わなければ」

「…………」

 真摯なリュシルエールの瞳を、チェザはじっと食い入るように見つめた。


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