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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
九章  世界の広さと狭さ
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 その後も何人もの民が聖月の宮を訪れていたが、涼風の月が過ぎるころには好奇心溢れる若者たちがリアスを困らせることもなくなっていた。

 そして湿気の多い濃霧の月を迎え、季節はいつのまにか短い夏を迎えていた。

 雪も完全に解け、リアスのラカーユや民の衣服の生地もさらに薄くなる。

 サーラ国でもっとも過ごしやすいのは夏である。だが夏は短い。冬が四ヶ月ある代わりに、夏は二ヶ月しかないのだ。だが雪国であるサーラでは保存食を蓄えなければならない時期であるため、もっとも忙しい時期となる。もちろんリアスも例外ではなく、民人たちを采配して森へ向かうのだった。この時期だけは各々の仕事のほかに、サーラ国の冬に備えて誰もが食料調達をする。

 冬に備えて国の貯蔵庫をいっぱいにするため、成人となったすべての民を交代で動員していくのである。

 子供たちは夏の遊びに夢中だ。河で泳げるのはもちろんこの時期だけであるし、また様々な動植物と遊べるのもこの時期が一番多い。そしてもちろん、その合間に仕事の手伝いもする。子供たちは子供たちで、忙しい日々を過ごすのだった。

 今日の熊狩りの役目はチェザとカリだった。チェザにとっては初めての狩りとなる。動物相手となる狩りは子供たちが手伝うことはできない。

 二人のリアスは三人の男たちとともに東の森に来ていた。

「狩りは初めてなんだろ? チェザ」

「うん、ヴァリーは毎年やってんの?」

「そりゃそうさ! 仕事だかんな」

 一行の最年長四十歳のヴァリーは熊狩りを仕事にしている。彼の体格そのものも熊によく似ており、カリよりも背が高く、また横幅もある大きな男である。

 あとの二人はロアの息子二人、アザリーとアストである。アザリーは二十一歳、アストは十六歳だ。

「カリ。お前は毎年やってんだろ?」

「リアスとしてこの時期に参加しないわけにはいきませんので」

 リアスといえども年長者に対しては敬いの心を忘れない。それがたとえ前代リアスの長の嫡男であっても変わらない。年齢に関係なく敬われるのは月姫の巫女とその近しい家族だけである。

「ヴァリー様のお手伝いしたことありますおれ!」

「そうだったなぁアスト。だがお前は熊が怖くて逃げ出しただろ」

 ちゃかすような言葉に一同はどっと笑った。

「お前怖がりだなぁ」

「兄君様までそんなこと言うんですか~。あんときはまだ慣れてなかっただけで!」

 軽いムードになりながらも、一行はヴァリーを先頭にしてゆっくりと進んでいく。

 ふと、最後尾のカリが足を止めた。

「……ヴァリー様」

「どうした?」

 先頭のヴァリーが振り返り、その後ろに続いていたロアの子供たちとチェザも足を止めた。

「なにか……声、が。……よく聞き取れないのですが、聞こえます。たぶん風霊が送っている声……」

 静かな声音で慎重にカリは伝える。耳をすませて、その微かな声を聞く。

 サーラの民はほとんどすべてが精霊を見たりその声を聞いたり、また操る力を持っている。もちろんそれはリアスであってもなくても変わらない。個人差はある。

 カリはその力が強く、チェザにはほとんどない。ヴァリーら三人は並程度だろう。

「チェザ、お前には聞こえないか」

「うん、ぜんぜん」

 リアスがリアスに対して特に送った風霊ならば、必ずチェザでも聞き取れる。それは額の十字の文様同士が呼応しているためである。

「不特定多数に送った言葉だろう」

 特定の人に宛てたものならば、その本人以外が聞き取れるはずのない言葉である。風霊シルフェがそうしているのだ。

 だが今回は違う。誰かに聞いてもらいたいという願いがあるのだろう。だから一行でもっとも力の強いカリが最初に聞けたのだ。

「なにを言ってる?」

 ヴァリーが尋ねた。

「誰か来て、と。河にいるから……ネオン様、が……」

「ネオンさま?」

 真っ先に反応したのはやはりチェザだ。あの日の背中を今も忘れられずにいるチェザだった。

「戻ってきてるの?」

「わからない」

「とにかく行ってみよう!」

 ヴァリーの言葉に四人は一様に頷いた。


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