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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
九章  世界の広さと狭さ
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 十五日後の金の日に行なわれた聖月祭で、リュシルエールのことは民に紹介された。誰もが一様に驚きを隠せない様子で、また受け入れがたい思いもあっただろうが、月姫の巫女の采配に抗うことはなかった。

 御剣の一つがこのサーラ国にないことについては、やはり混乱を招くため口には出さなかった。いや、口にできなかったというほうが正しい。月姫の巫女の世代交代というだけでも今は不安定な時期にある。たった五歳の幼い月姫の巫女だということに不安を感じる民はいなかろうが、少なくともリアスはそれを多少なりとも気にかけているのだ。

 そしてそれから一ヵ月後、涼風の月にネオン・リアスとケアラ・リアス、そしてリィウ・リアスは住み慣れたこのサーラを去って行った。リュシルエールの案内で。

 彼らは帰ってこれるのだろうか、後ろ姿を見ながらチェザはなぜかそう思った。

 これは、不安……だろうか。

 未知の未来に対する?

 月姫の巫女が今、未来を予知できない状態にあるとき、これほどの革命を起こしたからだろうか。

「行っちゃったね……」

「……うん」

 見送ったチェザとフィーザは、暖かくなり薄手の布になったラカーユを纏って、しばらく外に立っていた。

 見送りは聖月の祠で行なわれた。神聖なるその祠に聖月祭や銀の儀式以外で訪れるのはもしかしたらサーラ国が生まれてから初めてのことかもしれない。

 他のリアスたちが祠を離れていっても、チェザとフィーザはまだ残っていた。

「心配?」

「……うん。どうなんだろ? おれにはよくわかんないよ」

 心配しているのとは違う気持ちだと思った。なんだろう、こんなにももどかしく感じるのは。

 ネオンたちの背中を見ていて、置いていかれるのだと思った。初めて正式にサーラ国を去る彼らに残されて、チェザたちはまだサーラ国に束縛されているのだと思った。

(……束縛? そんなこと思ってなかったのにーーー)

 サーラ国の中だけで生活していくことが当たり前だったサーラの民たち。でも外の世界があると知って、チェザは初めてこの国の狭さを知った。

「なんでおれ、ここにいるんだろう」

「……もしかして行きたかった? チェザが行きたかったの? トゥール国に。そして王ってひとに逢ってみたかったの?」

 フィーザが問い掛けた。チェザははっと顔をあげた。

「え?」

「その気持ちだったらフィーザもわかるもの。フィーザはネオン様たちのように本当は外に出てみたかったのだもの。でもフィーザたちはまだリアスになったばかりで」

 やっとチェザにもこのもどかしさの理由がわかった。そしてそれはフィーザも同じだったのだ。

 世界の広さを知ったとき、サーラ国の民はどうするのだろう? そしてこのサーラは……。チェザやフィーザにもそれはわからなかった。そして、未来を見据えるはずの月姫の巫女ですら……。

「まだ帰らなかったのか、お前たちは」

 ふと背後から声をかけられた。

「カリ様!」

 フィーザはぱっと顔を輝かせて呼びかける。フィーザが無理にでもサーラ国を出て行かなかったのはもしかしたらカリがいるからかもしれない、ふとチェザはそんなことまで考えてしまうほど、フィーザの変貌ぶりは見事だったのだ。

「フィーザは相変わらず元気だな」

 苦笑しつつそんな感想を述べると、フィーザは少しふくれて反論する。

「まぁ、カリ様は相変わらずフィーザを子ども扱いいたしますわ」

「そうか」

 ははっと失笑した彼は、ふとチェザのほうを向く。

「どうしたチェザ? お前は元気がないな」

「ん? なんでもないよ……」

「なんでもなくはないだろう。ネオン様たちがこのサーラをお去りになって淋しいのか」

 努めて普段と同じ調子で、カリは尋ねてくる。カリがわからないはずはない。この気持ちをカリが知らないはずはない。チェザはそう思っていた。

「もう日も暮れる。早く宮に戻るぞ」

「カリは行きたくない? 外の世界に、行きたくはない?」

 唐突に問いかけた言葉に、カリは軽く目を瞠る。だが、さほどの驚きは見せなかった。

 チェザがそう考えることをもしかしたらどこかで予測していたのかもしれない。長い付き合いをしてきたカリだ。チェザの心情がわからないはずはない。

「……そうだな」

 カリの答えは曖昧だった。そして曖昧に微笑んでいた。答えられないというように。

「おれは見たいよ。リシーの国。きっといろんなものがあるんだよ。いろんなひとがいるんだよ」

 知りたいという好奇心は、チェザの中で日に日に大きくなっていたのだ。そんな中でリュシルエールの国への訪問が決まったとき、チェザは自分が行けるかもしれないと思っていた。そう信じていたかった。

「それにさ、最近の噂……あれってなんだと思う?」

「ここ北の森が赤く光るってうわさのこと?」

 フィーザに尋ねられ、こくりと一つ頷く。数ヶ月前にチェザの母ファーリーも目撃している。民もその異常事態にゆっくりと気づき始めている。

「俺にはまだ何もわからない……だが」

 カリはそこで少し言葉を切って二人を見つめた。

「俺にいえることは一つだけだ。俺たちにはリアスとしてやるべき仕事がある」

「…………」

 リアスは私情で動ける立場にはない。それを知っていなければきっと、いつまでも真の意味でリアスになれはしないのだ。チェザは何も言い返せなかった。


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