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「チェザ! 待ってよ」
月姫の巫女の言葉を賜ったあと、彼らは無礼講でお祭り騒ぎとなる。いつもは先陣切って楽しもうとするチェザも、今日はすぐに聖月の宮に下がろうとした。
それを追いかけてきたのはフィーザだ。
「お祭り出ないの?」
「……そんな気分じゃないよ、おれ」
珍しく殊勝な声で、チェザが言った。足はまだ止まらない。
「チェザったら待ってよ」
ぐらりとチェザの足元が揺れた。地震のようだったが、チェザの周囲以外はまるで揺れていない。地霊ノームがフィーザの命令で動いたのだろう。
チェザは少しバランスを崩し、その間にフィーザが追いついた。
「どうしたのよ」
「……お前こそ。いつも祭りになるとカリんとこ行くくせに」
チェザのことなどほとんど構ってくれはしない。チェザも男友達と遊んでいるほうが多かった。
「だって……」
幼なじみのフィーザは、だがそこで少し口ごもった。
「……だって、チェザが泣いているから。カリ様は泣いていらっしゃらないもの」
はっと顔を上げて、チェザは振り向いた。気づかれたことが恥ずかしかったのか、それとも同情されているようで悔しかったのかはわからない。
「なによ」
にらむような視線を向けるチェザに、フィーザは居心地が悪そうにしながらも、挑戦的ににらみ返した。
「…………」
再び俯いたチェザ。
もう聖月の宮はすぐそこだというのに、どうして走って行ってしまわないのだろうと思う。もう地霊ノームに束縛されているわけでもないのに、チェザはなぜかフィーザの前から動きたくないと思っていたのだ。
「だってもう……月姫の巫女様には逢えないんだろ? あれが……あれが死ぬってことだ」
月霊ルーシファーが月へ連れて行ってしまった月姫の巫女アンディアの肉体。もう逢えないと知ったとき、哀しさというよりは後悔が過ぎった。
だが、何に対する……?
チェザにはそれがわからない。
「月姫の巫女様はいらっしゃるじゃない? アース様のお子様でしょう?」
「だってエリェルはおれの友達なのに」
アースのところに遊びに行ったとき、よく二人で話をした。目が見えない子供だったけど楽しかったのだ、とても。
「でも月姫の巫女様になられたのよ?」
サーラの民にとって月姫の巫女の存在は絶対的なものだ。チェザの言わんとすることが、フィーザにはわからなかった。
「おれさ。月姫の巫女様のことすんごく尊敬してて、でもそれ言ってあげれなくて、し……死んじゃって……でも月姫の巫女様はずっと死なないひとだから、大丈夫だと思ったけどでも、エリェルをあの月姫の巫女様のようには見れないんだ、おれどうしてもだめなんだ。エリェルは友達なんだ。でも御剣を持って話すエリェルの瞳は月姫の巫女様とおんなじで……そしたらわかんなくなったよ……」
一気にまくしたて、チェザはその場に座り込んだ、雪が冷たかったが、今はそんなことはまるで気にならなかった。
「そんなの……フィーザたちにわかるわけないじゃない?」
フィーザも隣に座り込んだ。
「え?」
「だってまだリアスになったばかりだもの。月姫の巫女様のこともよく知らないもの。だからリアスでいるんじゃない? 月姫の巫女様のこと、ずっとフィーザたちは守っていくでしょ? チェザはフィーザやカリ様といっしょにこれからも月姫の巫女様を守っていくでしょう? それでいいじゃない? だってフィーザたちはリアスなんだから」
フィーザは朗らかに笑った。
「そう、かな……」
「そうよ。何を悩んでるの?」
リアスなんだから……まだ幼いばかりのチェザたちにあるのはそれだけだった。けれどそれがきっと誇りになる。
(おれはリアスなんだから、サーラを守るんだ)
雪はとても冷たかったけれど、心は夏のように温かくなっていた。
月姫の巫女アンディアを亡くして哀しいのは当たり前だけれど、それはきっと乗り越えられると思った。
いつか来る別れ。
だがまもなく、もっと大きな別れがあるとは、そのときの二人には想像すらできなかった。