3
月霊ルーシファーはアンディアを抱いて姿を消した。
文字通り、眼前から忽然と、前触れも何もなく消えたのだ。
あとには新しい月姫の巫女がリアスに囲まれて残された。
民たちは息を呑んでその姿を見つめる。
かつて前例がないほど幼い容貌の月姫の巫女。その少女がゆっくりと口を開いた。
「あたらしいくにに、なりますように」
それが、エリェルが月姫の巫女として最初に発した言葉だった。口調がどこか変わった娘に、アースが複雑な表情を向けたことを知るのは、彼の姉のみかもしれない。
「そんな顔しないの」
「でも俺は……」
生まれたときから聖月の宮にいたアースは、華やかな部分だけしか見えていないサーラの民とは少し違う。それはもちろんファーリーも同じだが、彼女はもう少し客観的だ。
「月姫の巫女様が新たにお立ちになって、私はもう聖月の宮に入ることは叶わないわ。あとはアース、貴方がちゃんとするのよ。月姫の巫女様を最後に支えることができるのは民でも月霊ルーシファー様でもリアスでもないの。近しい肉親なの」
ファーリー、アンディア、アースの母は月姫の巫女であったが、やはり寿命は短くアースがわずか四歳のときに亡くなっている。父はそれより二年前の夏に病を患って亡くなった。
父母のぬくもりをほとんど知らずに育ったアース。親代わりはいつも二人の姉とリアスたちだった。
「……わかっています。たぶん聖月の宮へ移り住むことになるでしょう。あの娘はまだ幼い」
「そうね。でもエリェルはアンディアの記憶をも持っているのよ。そして母君様の……。その前の月姫の巫女様、そしてシスティザーナ様のご記憶までをも……」
ただ幼いだけの娘ではない。彼女はもう、アースの娘であるだけでなく、ルーシファーの娘であり、民の象徴なのだから……。