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翌日、新たな月姫の巫女の誕生を祝って、聖誕祭が開かれた。
聖月の宮の広場にほとんどのサーラの民が集まっている。狙い済ましたかのように、今日は雪もなく久しぶりの快晴だった。
サーラの民へのお披露目と、次代への祈りを込めて、また先代の栄誉を忘れぬために、聖誕祭は同時に先代の巫女の葬儀でもあるのだ。一ヶ月喪に服している間は、彼らは大きな祭りを行なうことはできない。もちろん月姫の巫女の葬儀も行なえないのだ。
月姫の巫女の遺体は、一ヶ月聖月の宮に安置される。この国は一年を通して氷には困らない地方であり、さらに今は真冬である。完全に氷付けにし、腐敗のないまま彼女は自分の部屋で今なお眠っていた。
サーラ国の民は自分たちが月の民の末裔であると信じているから、死したときは身体をかつて生まれた地である月へ返すという風習がある。一般的な埋葬方法は、焔霊サラマンダーの聖なる焔で身体を焼き、風霊シルフェの清冽な流れによってその灰を空に舞わせる。灰はやがて風に乗って、月へ辿り着くのだと信じられていた。
だが、月姫の巫女だけは特別で、肉体を持ったまま月へたどり着くことができる。月霊ルーシファー自らが迎えに来るのだ。
「我らサーラの民。システィザーナ様の化身にして、月霊ルーシファー様に愛されし乙女、月姫の巫女様を新たに迎えたく、ここに祈りを捧ぐものなり」
石段の上に立ち、ラカーユの長い裾をはためかせながら、朗々とした声で言葉を紡ぐのは、長のイーザ・リアスである。彼以外のリアスたちはイーザの後ろに整列している。もちろんチェザやフィーザの姿もそこにあった。
聖月の宮から運ばれた氷の中のアンディアは、静かに穏やかに、また神々しく、石段の下で横たわっている。
リアスたちを筆頭に、彼らは晴れた空に向かって祈る。
「ルーシファー様が参られた……」
やがて、厳かな声音で、イーザがそう告げた。なぜわかるのだろう、チェザはそう思う。まだ姿は見えないのに、それでもすぐそばに月霊ルーシファーが来ている。イーザだけではなく、それがチェザにもわかるのだ。頭でないどこかでそれを悟ることができるのだ。たぶんそれこそがリアスの能力なのだろう。額の十字の文様がそれを悟らせるのだろう。
肉眼では何も見えない。だが、すぐそばに月霊ルーシファーは存在していた。
『次代の月姫の巫女よ、ここへ……』
月霊ルーシファーの声をリアスは聞いた。
民の中にまぎれていた、アースと手を繋いでいた小さな少女が、導かれるように歩き出す。
瞳を凛と輝かせて。
その色は、紛れもなく金色だった。真っ直ぐな瞳で、彼女は凛然と顔を上げ、そこにいるらしい月霊ルーシファーを見つめた。リアスですら見えない、その姿、を。
「わたくしの名はシスティザーナ・エリェル・ルーシファー」
「システィザーナよ。次代を担う月の娘よ。我、汝を認めようぞ」
その言葉と同時に、イーザは儀式のために作られた偽者の銀の御剣と金の御剣を手渡した。本来なら本物でなければならないはずのそれを、彼女の小さな両手が疑うことなく受け取る。そして金色の瞳で長身のイーザを見上げた。
「ありがとう」
はっきりとそう告げ、微笑んだ。アンディアと同じような優しさを湛えて。
チェザはちらりと月姫の巫女の……いやアンディアの表情を見た。生きているときとなんら変わらない笑みを湛えていて、瞳を開ければまた金色に輝く双眸でチェザを見つめるのではないかとすら思う。
端正な顔立ちだった。
それでももう、彼女の瞳が開かれることはないのだ。優しくチェザの名を呼ぶことはないのだ。これが死ぬということ。チェザは初めて近しい人の死を知った。
もう二度と逢えない恐怖。
顔も知らない父が、リアスとして守ってきた月姫の巫女であったのに……。
「……チェザ?」
となりのフィーザが小さな声でチェザを呼んだ。だが、それすら気づかない。
俯いたまま。
何かが足元に落ちた。
ぽたりと一滴。
熱い雫が、地面の雪を濡らした。