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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
八章  氷葬に祈る
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 氷結の月、二十二日目の夜。月姫の巫女システィザーナ・アンディア・ルーシファーは姉と弟に見取られて、三十歳で静かに息を引き取った。

 その日から三十日間、サーラの民は月姫の巫女の姿を偲んで静やかに時を過ごし、祭りも行なわず、ほとんど物も食さず、表へも出ないのだ。

 完全なる諒闇。

 そうして一ヵ月がすぎた。

 新たな月姫の巫女が誕生する。予言どおりに……。




      *   *   *




「明日で一ヶ月経つわね」

 長女を連れてファーリーの家を訪れたアースに、彼女は開口一番そう言った。チェザは二人のそばに座って、邪魔にはならないように黙って話を聞いている。今日は聖月の宮に行く日ではなかったから。

 いつのまにか氷結の月から深雪の月へと移り、雪も一層深く積もっていた。

 アースの長女はエリェルと言い、生まれたときから眼が見えない子供だった。それでも利発で愛らしくよく笑う。今はアースの腕の中で穏やかな寝息を立てていた。

「本当にエリェルが月姫の巫女になると思いますか? 姉君様」

「アンディアが、月姫の巫女として予言したの。だからあの子は正しいことを言った。私はそう思っているのよ」

 月姫の巫女として、また妹として、ファーリーはアンディアに信頼を寄せているのだ。

 それに、月姫の巫女はやはり先代と血が近しい民が次代に選ばれることが多い。アンディアと近い女性はファーリーを除けばたしかにエリェルしかいないかもしれない。

「アース? 何を気にしているの? 選ばれたのはルーシファー様の御意志なのよ?」

「私が気にしている? そんなことは……。ただーーー眼が、眼が見えるようになるのか、と」

「そうね。エリェルはずっと眼を開いたことがなかったわね」

 彼女の瞳が何色なのか、親であるアースですら知らないのだ。そしてまだ五歳という幼さ。アンディアですら月姫の巫女になったのは彼らの母親である先々代が亡くなった十八年前。アンディアは十二歳だった。

「ウリンにはもう言ったの?」

 ウリンはエリェルの母親だ。リアスであるケアラの従姉妹で、現在二十歳。サーラは大きな国ではないから、誰かしら何らかの血縁であることが多い。リアスともどこかでつながっているのだ。

「もちろんですよ。……驚いていましたよ、ただ単純に」

 そしてやはり瞳のことを気にしていた。どうなるのか、と。もし見えぬままであれば、月姫の巫女としての能力に支障が出るだろう。その金色の瞳で未来を見、過去を受け継ぐ月姫の巫女が盲目であったことなどかつてなかったのだから。金の御剣なき今、頼りは月姫の巫女が持つ金色の瞳だけであろうに。

「……ねぇ母君様?」

 少し首を傾げてチェザが口をはさんだ。気になることがあったのだ。ファーリーとアースは同時に振り向いた。

「エリェルはアンディア様に似ていないのに、おなじひとになれるのかなぁ?」

 サーラの民にとって、月姫の巫女とは永遠の存在であり、たとえアンディアという肉体が滅んでも次代の肉体、つまりエリェルにその心は受け継がれる。月姫の巫女が月聖システィザーナと同一視されるのはこれが所以なのである。だからチェザのみならず、サーラの民にとって、アンディアという名の月姫の巫女とエリェルという月姫の巫女は同一人物と見なされる。サーラではそれが正しい。

「そうね……。どうかしら?」

 ファーリーは柔らかく笑った。

 おっとりとしたアンディアに比べて、エリェルは眼が見えないとはいえ活発で明るく、おてんばな性格だ。まだ遊び盛りだからというのもあるが、チェザにとってはかなりイメージが異なるものだったのだ。

「どんな姿をしていようと、どんな性格であろうとも、月姫の巫女様であることに変わりはないわ。そうでしょう? チェザ、貴方は今までどおり月姫の巫女様にお仕えするのだから」

「それはそうだけど……」

 まだリアスになったばかりのチェザにとって、三十歳という大人の女性であった月姫の巫女から、自分より遥かに年下の、それも普段から遊んでいたエリェルが突然月姫の巫女としてあの祭壇に座り、聖月の宮に住み、お世話をし、敬語で離さなければならない相手になってしまうことが受け入れられない。

「おれはもうエリェルとは遊べないのかなぁ?」

「でも貴方はリアスでしょう? いつでも逢えるじゃない。いつでもお世話をできるじゃない?」

 とは言うものの、ファーリーもそれがチェザの望んでいることだとは思っていない。

 月姫の巫女に選ばれるのは、月霊ルーシファーの意志である。記憶を受け継ぐ者として、未来を見据える者として、サーラを支える要として、エリェルは選ばれたのだ。

「……ん~」

 ふいにアースの腕の中でエリェルがもぞもぞと動いた。

「エリェル?」

「父、君さま~?」

 少し寝呆けた声で、可愛らしく呟く。そして。

 彼女はゆっくりと瞳を開いたのだ。

 いつもは開かなかった瞳、を。

「……エリェル?」


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