2
リュシルエールと名乗った男が武器を持っていないこともあって、限られたリアスしか許されなかった接触がすべてのリアスにも許されるようになっていた。
その異質な金色の髪と金色の瞳のために、やはり聖月の宮から外出することはさすがにイーザも許すわけにはいかず、その意見に月姫の巫女も同意したため、リュシルエールは一月が過ぎて寒冷の月の終わりになってもなお、聖月の宮に滞在していた。
外の雪は、当たり前のようにチェザの身長ほども積もっている。
平和な日々が続いていた。
「ねぇリシー。見てよこれ」
チェザはいつものように早朝の聖月の宮へ赴き、リュシルエールの部屋を覗いた。リュシルエールという名前は彼らにとってひどく発音しにくいものだったから、いつのまにかリシーとチェザが呼ぶようになり、他のリアスもそれに慣れていった。
「今日も早いな」
「アースだって!」
チェザの叔父にあたるアースは、リュシルエールの監視役になっていたが、今ではそんな監視は必要ないものの、彼は進んでこの異人と接していた。物珍しさというよりは、やはり彼の知識の豊富さが魅力だったのだろう。
「今日は何を持って来たんだ。チェザ」
「これだよー。母君様と作ったんだ」
後ろ手に隠していた包みを目の前で開き、チェザはリュシルエールに見せる。大きな布だった。だが彼らが普段纏うラカーユではない。ラカーユは広げると正方形の大きな白い布だ。だがこれは、生成り色のあまり大きくはない布で、しかも正方形ではなかった。
「これは」
リュシルエールが軽く目を瞠り、端的に尋ねる。
一つの月が巡り、彼はこちらの言葉がかなり上手くなった。毎日のようにチェザとフィーザがやってきてはいろいろな話をせがむせいだ。
「これ、リシーの着てるのと似てない?」
その布には袖を通す穴が二つあり、さらに上にも穴を開けて首を入れるようになっていた。リュシルエールが着ている服を真似て、ファーリーとチェザが試行錯誤を繰り返して作った代物である。
「チェザ、器用。少し違う」
「えーそうかなぁー」
難しいなぁとチェザは呟いた。
リュシルエールが語る世界は、このサーラとはまるで違っていた。
「ねぇーまたトゥール国のお話してよ」
「務め、始まる。チェザ」
苦笑しながらリュシルエールが言っても、チェザは聞き入れようとしない。
「まだ平気。ネオンさまも来てないし」
リュシルエールたちの国はトゥール国といった。不思議な国だった。
「昨日の続きっ。どうしてトゥールのひとたちはオカネというものを持っているの?」
そしてチェザは時間を忘れてリュシルエールの話に聞き入り、ネオンやカリに叱られるのだった。それでもこの好奇心は、自分ではもう止められなくなっていた。
「その前に、ひとつ言う。チェザ。アース」
「いいよ、どうしたの?」
「なんだ改まって」
なぜか居住まいを少し正して口を開いたリュシルエールに、二人は怪訝そうな顔つきで尋ねた。
「昨日の夜、巫女様、聞いた。意見ほしい」
「姉君様に関係のあることか」
「……たぶん、国に」
そう言って語り始めたリュシルエールの言葉の数々は、今までサーラではまったく考えることのなかったことばかりだったのだ。
チェザもアースもただしばし呆然と聞いていた。口をはさむことができなかった。




