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「……なるほど」
すべてを語り尽くして黙ったチェザに、優しい口調でカリは呟いた。金色の男に出会ったことを黙っていたチェザの判断の是非はカリにもわからない。
ただ、果実の月にそれをリアスが知っていたからといって何か対処法があっただろうか。言葉もわからぬような相手に対して。こちらに……たとえば月姫の巫女に害をもたらすような相手ならば話は別かもしれないが、彼はいまのところ大人しくしているし、武器らしいものも見当たらない。何よりチェザが会ったときから怪我をしていたというではないか。いくら十五の暦をさかのぼるころと同じような容貌の男が現われたからといって、結論を出すには早急すぎた。
「イーザ様に報告すべきだな。とりあえず今は」
「……う、うん。おれ、怒られるかな」
「イーザ様は怖いお人ではないよ」
悪いことをしたと思っているのか、チェザは少し怯えたような様子を見せた。それも珍しいことだ。だが彼が怯えているのはイーザからの叱咤ではないだろう。それはカリでもわかる。チェザが本当に怯えているのは……。
「また、誰かが殺されるとでも思っているのか?」
カリは端的に尋ねた。はっとしてチェザが顔を上げるのを見て、それを確信した。
三ヶ月前にチェザがあの男と対峙したときは、父親が殺された場面を知らなかった。ただ、美しすぎる男と出逢ったのだと、そしてその男は月からの使者かもしれないのだと、そう思っていた。そうして疑問に終止符を打っていた。
だが、今は違う。チェザが銀の儀式で見せられた光景。今はあれが紛れもない事実であったことを知ってしまっているから。
忘れられなくなってしまったあの血の色。
人間の流す血の、あまりの高貴さや残忍さ。
罪深いほどに紅い紅い……いろ。
あの金色の男を見てしまってから、その光景が再び脳裏によみがえって消えなくなった。また起こるのかもしれない。今度は誰の血を、命を欲するのだろうか。
金色の髪が緋色の血を、死ぬほどに求めているような気がして、だからチェザはカリに話しておこうと決心がついた。
「チェザ」
カリの声は限りなく優しかった。
「考えすぎるな。あの男は怪我をしているんだ。誰かに危害を加えるような体力はないだろう。ましてや今の銀の御剣を奪うなど、できようはすがない」
確信を持った口調で、カリは語る。両肩に手を置かれて、少し不安が消えた。
カリは今の銀の御剣という表現をした。半身たる金の御剣がそばにない今、その力が安定せず、常に月姫の巫女が携帯している銀の御剣。
それは過去の象徴。そして失われたのは未来の象徴である金の御剣。
未来に繋がることのない過去は、その行く先を探して彷徨っている。だから安定しない。月姫の巫女の心で暴走を抑えているものの、サーラの民はおろかリアスですら触れることは叶わなくなってしまった。
聖月の御剣を祀るための祠であった聖月の祠に、今は何もない。ただ、儀式をするために守られている祠でしかなかった。
「お前がしっかりしなくてどうするんだ。チェザ、お前が、お前だけが真実を見られるのかもしれない」
「……おれ、だけが?」
「それがチェザ様の、そしてルーシファー様の御意志ならば。な」
ぽんぽん、とカリの大きな手がチェザの頭を軽く小突いた。いつものように。
それだけでチェザは安心できた。正しいことをしていると思えたのだ。
「イーザ様はこのところ毎日、聖月の宮の奥にご滞在しておられる。さっそく行こう」
奥の部屋といえば、アースが管理を任された金色の男がいる部屋だ。
「……うん」
カリが、ほかのリアスたちが信頼しているイーザならば、もしかしたら解決策を見出してくれるかもしれない。そう思って立ち上がろうとしたときだった。
「カリ。チェザ。ちょっとこい」
少し低めの女性の声に、二人は同時に振り返った。厚い布でぴったりと覆われた布を少し巻き上げて顔を覗かせていたのは、ネオン・リアスだった。
「どうしました? ネオン様」
ネオンはカリより十歳ほど年上だ。少し慌てた様子のネオンに対して、だが非礼にならない口調でカリが尋ねる。
彼女は今日、聖月の宮にいるはずのリアスではない。完全なる休息である金の日、リアスは二名だけが交代で月姫の巫女を守ることになっていて、今回の役目はチェザとカリであるはずだった。
「金色の髪の男が目を覚ましたらしい。今、イーザ様が見ておられる」
「……え」
チェザの表情が再び強張った。