4
「でも、どうしたの? アースが聖月の宮にくるなんてさ。母君様もアースはぜんぜん来ないって行ってたよ」
チェザもアースと会うのは久しぶりなのだ。
彼はトリアの華から金の布を織る仕事をしている。リアスのための髪留めを織るには一ヶ月もの時間を要し、さらには細心の注意を払う緻密な作業であるため、チェザはその間会っていなかったのだ。
「どうしたの、はないだろう。寂しいこと言ってくれるなー。俺が姉君様に会いにきたらだめなのか」
「月姫の巫女様に会いにきたの?」
素直な反応を示すチェザに、アースは笑って頭を小突いた。
「お前のリアスとしての姿を見に来たんだよ。それから二人分のトリアを届けにな」
アースは手に持った白い布包みをひらひらと示した。チェザの瞳がぱっと輝く。
「やった。ようやくおれもリアスっぽく金色をもらえるんだね」
リアスというのは、月姫の巫女から特別に許されて金色をその身に纏うことのできる民なのである。それが髪をまとめる金布トリアだ。今は長く伸ばした髪の毛を白い麻でしばっているだけだった。それではどうしてもリアスとして認めてもらえていないように思えた。月姫の巫女の瞳と同じ色を許されるからこそ、リアスはサーラで尊いものになる気がする。
アースは白い布包みを投げ、チェザが片手で受け取った。
「ねぇ、ウリンはどう?」
「ネオンに診てもらっているからな、心配いらんだろ?」
「もうすぐなんだよねー。楽しみだな~」
「エリェルも最近それが口癖になってるぞ、お前が教えたんだろう?」
からかうようにアースに言われ、少しむっとしてみせた。
「いいだろー。アースだって楽しみにしてるくせに」
ウリンというのはアースの妻で、チェザにも優しくしてくれる。姉のような存在でもあった。
「産まれたらすぐに遊びに行くからね!」
エリェルのときもチェザは人一倍、それこそ親であるアースとウリンに負けないほど楽しみにしていた。
「それより、念願のリアスはどうだ?」
「うーん。……まだよくわかんないよ。おれらの仕事ってば、まだあんましなくてさ。この数日、毎日リアスとしての規則を教えられてばっかだよ」
リアスは双剣術を会得することから始まり、月姫の巫女の世話などを担当する。民たちのいざこざを月姫の巫女のもとに解決するのもリアスの仕事の一つだ。
「ヒマなもんだろ、リアスってのは。なんでこんな仕事選ぶのかわからんねー」
本気とも冗談とも思えない口ぶりで、アースは笑いながらそんなことを言う。成人までの十四年間、彼は月姫の巫女のそばで、つまりリアスのそばで育った。住まいは月姫の巫女と同じ聖月の宮。そこに住まうことができる民は、月姫の巫女とその父母、祖父母の直系。そして十五歳未満の月姫の巫女の兄弟姉妹だけである。リアスといえども住まうことはできない。
彼は奔放な性格で、礼儀を重んじるサーラではチェザ同様に少々異端だと思われがちである。チェザのこの自由な気質は、まぎれもなく叔父であるこのアースから学んだものであると言えた。周りが快く思っていないのは事実であるが、チェザの生い立ちを考え、誰もそれを咎めないのだ。
「でも楽しいよおれ。いつかカリより強くなってやるんだ」
目標のあるチェザには、毎日の稽古も苦にはならない。それどころか積極的に毎日身体を動かして汗を流していた。
(……それにさ)
胸中だけでチェザはぼやく。
金髪の男が持っていたあの大きな武器。チェザの力では到底あの武器には勝てそうにない。それどころかリアスで一番の腕前を誇るカリですら、あんな強大な刃に太刀打ちできるのだろうかとさえ思う。あのとき恐ろしくてほとんど身動きすら取れなかった自分を、チェザはいまさらながらに恥じているのだ。
もうあんな思いをしないように。
逃げないように。
だから強くなる。誰よりも。誰、よりも。