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太陽が東の空に見え始めたころ。
穏やかに晴れた空と、冷たい風の中、サーラに住むすべての民が聖月の宮にある広場に集まった。
「すげーひと。サーラってこんなにたくさんのひとが住んでたんだー」
「こんなにたくさんのひとを、初めてみたわ。みんな月姫の巫女様のために集まってきているのね」
薄い麻の布を何枚かかき分けて、宮の内側から片目だけを覗かせてチェザは歓喜の声を上げ、フィーザがそれに同意してうなずいた。宮の中に入るのは今日が初めてであったけれど、銀の日に夢の中で見た宮の内装と変わったところは一つもなかった。
「こら新米。覗かない。サーラの民は月姫の巫女様だけでなく我らリアスも見に来ているのだからな。覗いている姿など見られては恥であろうに」
「すいません」
フィーザは即座に布から手を放して殊勝な態度をとる。
「いいじゃんネオン。……じゃなかったネオンさま」
慣れない敬語を使いきれず、チェザは苦笑いでごまかした。真新しいラカーユを初めて身に纏い、髪の毛の一部を緑色に染め、銀の留め具を髪に挿し、その手首に太い赤銅色の腕輪をはめている。その姿はまだどこか初々しく、裾の長いラカーユに慣れていないせいか、何度も裾を踏みつけては転びそうになり、彼は少し憮然としていた。
ネオンはチェザの母の友人で、チェザが生まれたときについていてくれたリアスだ。それ以来、チェザとも親しい交流があった。男勝りの性格と口調ではあるが、医師としての腕前は一流で、今は三十七歳で結婚もしている。リアスの長である四十二歳のイーザ・リアスの次に年長のリアスで、月姫の巫女や民たちの圧倒的な信頼のもと多忙な日々を送っている。
聖月の宮はせわしなく動いていたが、リアスになりたてのチェザとフィーザがやるべきことはなにもない。カリの姿もそこにはなかった。チェザたちは聖月の宮で儀式用のさまざまな道具をそろえてある一室で道具の運び出しなどを手伝っていたが、初めて見るものばかりで好奇心が先にたったチェザが外を覗き、礼儀を重んずるフィーザも欲求を押さえることは出来ず、二人で覗き込んでいたところを、祭具をとりにきたネオンに見つかってしまったというわけだ。
「なぁなぁ。ネオンさまー。おれにも手伝わせてよ。リアスは儀式でなにをすればいいの?」
「なにも」
月姫の巫女の座る黒曜石の上に敷くための白い麻の布を数枚持ち上げながら、ネオンは簡潔な返事をした。フィーザが怪訝な表情で尋ね返す。
「フィーザたちは何もしないのですか?」
「そう。我らリアスのすることは、ルーシファー様と誓いを交わす月姫の巫女様を見守っていることだけなのさ」
規模は違っていても金の儀式での行ないはすべての民に共通し、それは月姫の巫女であっても変わらない。
まず、銀の御剣を用いて、月姫の巫女自らが月聖ルーシファーと語り、生まれてから今までの行ないを振り返る。次に、金の御剣を用いて、これからのことを指南されるのだ。
民は三十歳になると、月姫の巫女の下でこういった金の儀式を行なう。
儀式では彼らの思いが問われる。
どのような思いをサーラに抱いているのか、どのような思いでサーラに接しているのか。
それを月聖ルーシファーは知っているのだという。
「ネオンの、……さまの儀式はどうだった?」
「お前が金の儀式を迎えたら話してやるよ」
彼女は颯爽と長いラカーユの裾をひるがえして、チェザたちに背を向けた。
毎月行なわれる聖月の祭典とはまったく違った厳格な雰囲気に、チェザは好奇心が抑えきれない。
今日は金の日。
そして、月姫の巫女システィザーナ・アンディア・ルーシファーの金の儀式が行なわれる日であった。