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磨き上げられた巨大な石の上に何枚もの上質の麻を重ね合わせ、その上に小柄な少女が座っていた。
中肉中背のチェザが立っていても、彼女と同じ目線にはならない高台である。
「月姫の巫女様、チェザ・リアス。ただいま戻りました」
彼女はまず、チェザの身を案じてその無事を喜んでくれた。辛い時であろうに、笑みを浮かべてチェザを迎える。
「ご無事でなによりです。貴方がなかなか来られないので心配しておりました」
彼女のこの声を直に聞くたび、チェザは何かに囚われたような気分になる。
それは、畏怖であり、尊敬であり、または誓いであったりするせいなのだけれども。
玲瓏で、一点の曇りもない。
姿かたちは人間であるけれども、彼女はけっして人ではないからだ。少なくともこの国ではそう思われている。月姫の愛した地サーラでは、この少女こそが月姫の巫女、つまり月明かりの精霊である月霊ルーシファーの娘であるのだから。
額に十字の紋章を擁こうとも、彼らひとの身ではけっして彼女に近づけはしない。気高い瞳はだからこそ、月霊ルーシファーのように美しく金色に輝いている。
民にとって、この世のなによりも高邁な存在。
彼女は淡く微笑んだあと、表情を改めてチェザのとなりにいる小さな少年へとその視線を向けた。
「姉君さま」
「アース。隣のイーザのところへお行きなさい」
柔らかい語調ではあったが、そこには有無を言わせない様子が含まれていた。これから話す内容はたしかに、月姫の巫女の実弟にあたるこの少年には酷なことかもしれない。
「……でもーーー」
なにか言いかけたが、ゆっくりと首を振る月姫の巫女を見てその口を閉ざす。
「はい。わかりました。姉君さま」
アースは何もわからない、幼いだけの少年ではない。賢しく、他人を思いやれる性格だ。ロアが付き添うと申し出たのを彼自身が断って、一人で部屋を出て行く後ろ姿は、小さな少年といえどもチェザには頼もしく見えた。
「さっそくですが、状況を話してくれますか」
実弟の背中をいとおしそうに見送ったあと、表情を改めて月姫の巫女はチェザを見据えた。
その瞳はまるで、世界そのものを示すかのように。
彼女の顔色は心なしか蒼白だ。普段からほとんど太陽にあたることのない月姫の巫女は、もともと病的に近い白さをその肌に宿しているが、今宵はそれがさらに白く、青みを帯びてみえる。錯覚だろうか。チェザは思う。自分のこの不安という感情を彼女と重ね合わせて見ているだけなのだろうか。
「残念ながら聖月の御剣は失われておりました。私が駆けつけたとき、聖月の祠には金の御剣がどこにも……」
感情を出さないように、彼は冷静をもって言葉を紡ぐ。
「金の……? では銀の御剣は……」
細い眉をわずかにしかめて、彼女は問い掛けた。
東西南北を山と森に囲まれたサーラ国。北の森の中央に聖月の祠は存在した。そこに奉られているのが美しい二振りの短剣だった。どちらも片刃で反りはなく、柄の部分を入れて成人男性の手首から肘ほどまでの長さである。聖月の御剣と総称されるそれらの剣の名を、それぞれ金の御剣、銀の御剣という。
「無事なお姿でした。独断ではと躊躇ったのですが、月姫の巫女様のお力を頂きたく、御許へ持って参りました」
チャザは服の合わせ目の中から一振りの短剣を取り出した。
銀の柄に銀の刃。片刃のそれは、儚く弱々しいかすかな光を放っている。
それはまるで、片割れを失った悲しみを表わすかのようで……。
月姫の巫女は、おそるおそる左手をチェザのほうへ差し出した。両手でチェザはそれを恭しく差し出すと、彼女はしっかりと受け取り、胸に押し抱く。
愛しそうに。
「あぁ……っ」
慟哭の叫びを上げる少女の胸の中で、銀の刃が輝きを増した。
「……あぁでも、なんとかしなくては。まさかこのような不祥事があるなどとは、今宵は御不在のルーシファー様もさぞお悲しみのことでしょう……」
憂いを帯びた金色の双眸を伏せて、少女はチェザと同じような科白をつぶやいた。
彼らが崇める月姫の巫女はいまだ少女。外見は幼い。十五歳を迎えたばかりだ。いつもは結い上げられ、金の装飾に覆われる長い黒髪も、今はただ背中に流している。その巫女らしからぬ無防備な姿が、チェザに少しだけ人間性を感じさせた。
月姫の巫女の服装はチェザやロアと似ているが、それに緑色が混じっている。それは白い布を一枚だけ使うチェザたちと違い、この少女は白い布と緑に染めた布の二枚を使っているためだった。染め物の技術が確立したのはここ最近の話で、今はまだ月姫の巫女のものにのみ使用される特殊な技術なのだ。
「なんとお詫びしてよいのか……。我らリアスの責任でございます」
「……いいえ。わたくしが誤ったのです。今日は闇の日。何も視えない日であるというのに……」
手の中にある銀の御剣の柄をきつく握り締めて、殊勝な言葉で月姫の巫女は否定した。それだけでもったいなく、また申し訳なくチェザは思う。月姫の巫女に罪悪を感じさせてしまった。
新月を闇の日、そして満月を金の日、半月を銀の日と彼らは呼ぶ。
闇の日には、民はもちろん月姫の巫女である彼女ですら、静かに時を過ごし、外出はしない。
「チェザ……私事で申し上げにくいのですが、姉君様は……? 御出産も間近ですのに」
「ファーリー殿はネオンに頼んで参りました。彼女はリアスですし、彼女の友なので出産に立ち会ってもらおうと思っております」
両親を早くに亡くしたためか、月姫の巫女と二つ年上の姉、そしてまだ七歳の幼い弟は仲むつまじく、三人の並んだ姿をよく見かけたものだ。
「……そうですね。貴方の奥方様ですもの。わたくしが心配するまでもありませんでしたわ」
「いえ。月姫の巫女様が心細くお思いだから、聖月の宮の様子を見てくるようにと私に言われたのはファーリー殿でございます。きっと心配しているから、と。ですから私はロアの風霊シルフェを受けてすぐに聖月の祠へ参ったのです」
言葉は風霊シルフェが運ぶもの。それは近くても遠くても同じだった。視界に入らないほど遠くの民とは、意識して風霊シルフェを操ることによって会話を可能にしている。
「……信じがたい思いでしたが」
報告を受けたときの感情を思い出し、チェザは少し苦い表情をした。
たぶん、信じたくなかったのだろう、と冷静な今ならば思う。
今まで民が無断で聖月の祠に侵入したことなどなかったのだ。民にとって聖なる場所であり、侵すべからず地であるはずだ。いったい誰がそんな暴挙を……とチェザが訝しむのも無理はない。
「ならば、早く姉君様の御許へお帰りください。きっと心細くお思いなのは同じ気持ちのはずです」
こころなしか笑って見せて、月姫の巫女は言う。
「……しかし」
チェザとて出産を控えた彼女のそばにいてあげたいと思う。だが、リアスとしての責任がそれを阻むのだ。そして、この儚い様子を見せる月姫の巫女は、彼女の大切な妹であるのだから。
「もう侵入者の姿はどこにもないのでしょう?」
「ですが、彼らの狙いが聖月の御剣なのだとしたら、まもなくこちらへ参られるやもしれません」
聖月の御剣はそれぞれ共鳴し合っている。金を持つ侵入者は、遅からずこの場所を見つけるに違いない。
だが、そんな危険を冒してまで、チェザはこの銀の御剣を持ってこなければならなかった。なぜならそれがこの御剣の意志だから。半身を失った今、この銀の御剣に必要なものは月姫の巫女の聖なる力なのだ。
「彼らはなぜふたつの剣を持っていかなかったのでしょう……?」
ふと気づいたように、ロアが独白する。
「正確には持っていけなかったのです。金の御剣は、身をていして半身を守り抜いたのですから」
双身をもって一対となす、聖月の御剣。
月姫の巫女はその場で何が起こったのかをまるで知り得ているかのように、ロアの疑問にそう答えた。
「視える、のでございますか? 闇の日に……」
月のない新月や雨の日、彼女の力はほとんど失われる。
「いいえ。そんな気がするだけです」
気高い月姫の巫女は、そう言ってすまなそうに聡明な瞳を伏せた。
夜は刻々と更けていく。
侵入者を確認したときの騒ぎとは打って変わって、今は普段の闇の日以上の静けさに覆われていた。なにか得体の知れないものを恐れている雰囲気が全てを支配して。
「……そういえば、ティエ様はどちらへ行かれたんだ?」
チェザは先ほどから気になっていたことを傍らのロアに尋ねる。
「それがな……お姿を見掛けたものは一人もいない。どちらに行かれたのかまったく……」
「……なに?」
十五人あまりの彼らリアスを纏めるべき存在のティエがいない。こういった状況下で、とっさに思い付くのは悪い想像だけだ。
「まさか、ティエ様の御身になにか……」
自分の言葉が真実でないことを祈るのみだ。リアスの長とはいえ、一人の捜索のために戻るのに聖月の祠はまだあまりにも危険すぎる。
「ティエはきっと無事ですわ。わたくしたちは、彼を信じましょう」
「……はい」
月姫の巫女の言う通りにする以外、この場で術はなかった。
ロアが静かに答えた、そのときである。
「……あ!」
「月姫の巫女様!」
二人の叫びが重なる。
両手で握り締めていた銀の御剣を、彼女は条件反射で振り落としていた。
「どうなさいました!」
彼女は両手をぐっと押さえてうずくまった。失礼を承知で、その左手に触れ、手のひらをゆっくりと開かせた。
「……っ」
彼女の双眸に痛みの色が走る。そして、その手のひらを見たチェザは、驚きのあまり言葉を失った。
「……御手、が」
手の平が熱く、まるで炎に燻られたかのように焼けていたのだ。
ただれているほどではないにしろ、月姫の巫女の痛々しい姿にチェザは眉根をよせる。
「イーザ様を呼んでこよう!」
「頼む、ロア」
冷静さを装った二人の声音は、だが少し震えていた。
薬草を用いたり、生命の精霊に語りかけたりすることによって肉体の損傷を治療できるリアスは限られている。イーザもその一人だ。チェザやロアにはできない。
チェザは自分の衣の一部を強引に切り裂き、彼女の左手に巻く。同様の処置を右手にもほどこした。彼らの麻の服は縫っているわけではないので、男性の力ならば容易に切り裂くことができた。
「……月姫の巫女様」
気遣わしげに、チェザは月姫の巫女を呼ぶ。
うつむいていた顔を上げて、彼女は淡く微笑んでみせた。
「ありがとう。大丈夫です」
「しかしなぜ……」
ようやくチェザは、月姫の巫女が放り投げた銀の御剣を振り返った。
そして、信じられないというように瞳を見開いた。
カランと音を立てて、床の上に放り出されたそれは、湯に浸していたかのように白い湯気を放っていたのだ。
「銀の御剣が……」
「これは怒り。わたくしたちの心がそうであるように……御剣もまた、自らの怒りを抑え切れずにいるのでしょう……」
このときとっさに浮かんだのは半身の姿だ。月姫の巫女に抱かれているこの御剣ですらこのありさまなのだ。引き裂かれ、聖月の祠から無理矢理に離された金の御剣はどれほどの思いを抱いているだろう。
「月姫の巫女様!」
挨拶もままならず、ロアが一人の男性を連れて戻ってきた。
三十ほどだろうか。精悍な顔立ちの、長身の男である。白い肌はよく日に焼けて、チェザたちと同じ白い麻の服から覗く腕は浅黒くなっており、たくましい筋肉がついていた。
「月姫の巫女様、失礼いたします。イーザ・リアスでございます」
イーザは薬草を溶かした液の入った壷を持っていた。清潔な麻の布を取り出し、その壷に浸す。チェザの巻いた布を取り、かわりにそれを丁寧に巻いていった。
「感謝いたします。イーザ」
「…………」
寡黙なイーザは何も言わなかった。ただ、月姫の巫女に向かって少し頭を下げただけだ。年齢を重要視するこのサーラ国では、月姫の巫女とその家族を除いて、年齢による上下関係がある。チェザはイーザよりも年下なので彼よりさらに一歩下がった。この場合はイーザがより月姫の巫女に近づく権利を持っていることになるのだ。
「しばらく御手を使わぬよう、お願い申し上げます」
「はい」
神妙な顔つきで月姫の巫女は頷いた、その時。
「!」
ほとんど明かりもなく、月姫の巫女の表情をようやく認識できるほどの空間で、突然光が瞬いたのだ。
反射的にその場にいた四人全員が、床に落ちている銀の御剣を振り返る。
「銀の御剣、が……」
これは、なんという輝きだろうか。
壮絶なまでに美しく、また毅く……。
だが、しばし見惚れている時間はなかった。
「……つ、月姫の、巫女……さ……まっ! ご……無事、で……」
「ティエ様!」
右足を引き摺り、白い麻のラカーユを紅く染めた三十歳ほどの青年が文字どおり転がり込むようにして、現われた。
中心の柱をつかみ、だがつかみそこねてその場に崩れ落ちる。もっとも近くにいたロアが支えようとしたものの、とっさの力では成人男性の体重を支えるにはいたらずに、二人で倒れ込んだ。
即座にチェザとイーザが走り寄る。
「ティエ様! ティエ様っ! 聞こえますか? 私の声が聞こえますかっ!」
懸命なロアの呼びかけに、ティエは首だけをわずかに動かした。
「ここに寝かせろ。人手がいる。誰か呼んでこい。隣にいるはずだ!」
月姫の巫女の手当てをしていたときは無表情だったイーザの顔つきが変わる。怒鳴るように指示を下し、チェザがティエを横たわらせ、ロアは再び部屋を飛び出した。
「……太刀傷、だ」
イーザの抑えた声音が、よりいっそうの現実味をチェザに与えた。おびただしい深紅の液体は、イーザの白い衣をも紅く紅く染めていく。
手持ちの薬壷で手におえるものではない。治療の仕方などまるで知らないチェザでさえそれがわかるほど、ティエの衰弱は激しかった。
「お早く、お逃げ……くだ、さ、い。月姫の、巫女、さま」
「言葉を発してはなりませぬ。動かずに」
穏やかに、だが有無を言わせない口調でイーザが彼を制する。
その間にも応急処置として、彼は持っているだけの布を薬壷に浸し、重傷と思われる右足から巻いていく。すぐにそれは足りなくなり自分の衣を破ると、それを見たチェザもすぐさま自分の衣を提供した。
彼らの衣は薄い一枚の麻から成り立っているものだが、それを広げると平均的な生活水準の民が住む住居には収まりきらないほどの大きさになる。少し切り取ったからといって、夜の寒さをしのげないほどではなかった。
「……月姫の巫女、様?」
いつのまにか月姫の巫女が石の祭壇から降りていた。手の怪我などなかったかのようにあっさりと、銀の御剣を拾い上げるのをチェザは見た。
「……来ます。憎悪が。そして、金の御剣の持つ、悲しみ、が」
月姫の巫女が言い終わる前に、チェザとイーザにも不穏な気配を感じ取ることができていた。
このとき、はじめてチェザは恐怖を……覚えた。
それは今まで、どんなときでも感じたことのない種類の感情。
(……ティエ様。月姫の巫女様)
月姫の巫女は、ティエの傍らに膝をつき、こともあろうか彼らリアスよりも目線を低くしてティエの右手を握り締めていた。そうしているだけで、チェザには癒しの行為に思える。
チェザから見える横顔は、悲しみを帯びてよりいっそう儚く見えた。
「……足音が」
イーザが手を止めずに、そう呟いた。風霊シルフェが運ぶ音。月姫の巫女やリアスの耳は通常のそれ以上の働きをする。
速い足音。
それは確実に近づいていて……。
チェザは立ち上がり、戸口に近づいた。
そこには、男が一人いた。
「……っ!」
一目見ただけで、チェザは慟哭の叫びをあげそうになった。皮肉な宿命を呪いたくなった。
イーザと同じほども背丈があり、左手には輝きをもって抗う金の御剣が握られている。必死の抵抗があったのだろうに、男はこの御剣を手放しはしなかったらしい。その証として、金色の柄は男の血で紅く染まっていた。
そして、右手に握られているのはサーラでは見たこともない形の武器だった。
自分の背と変わらぬ長さのそれは、柄と刃の長さが半々で、その刃は太く重量がかなりあるように見受けられた。両刃からは真新しい血が滴っている。
面立ちもサーラ国の民とはまるで違う。薄い青色をした瞳。そしてなにより彼らを驚愕させたのは長い髪の毛の色だった。
満月を金色で表わし、金色を月霊ルーシファーのための色とするサーラにとって、彼のその髪の色はまさに冒涜ともとれるものであったのだ。
豊かな黄金の髪。
金色をその身体に纏わせることができるサーラの民は限られているというのに。
(聖なる金色を生まれながらに纏いながら、なぜこのような愚行を犯せるのだ……)
サーラの民にとって、金色の髪を持つ彼の姿はまるで月霊ルーシファーそのものにすら思えた。たとえ、血にまみれた武器を手にしていようとも。
月姫の巫女ですら持ち得ない、金色の髪……。
「ーーーーーー」
「……何?」
男がなにかを言葉らしきものを発したが、チェザにはわからない。サーラで使われている言葉とはまるで違っているように聞こえた。意味をなさない言葉。ただの奇声にしか思えない。
チェザもイーザもそして、月姫の巫女すらもなに答えられずにその場に固まる。どう反応していいのかわからないのだ。
彼の瞳は冷静に見えた。言葉は理解できなくてもその仕種の一つ一つが雅であり、他人を切り付けたりする精神を持っているようには見えないのだ。彼の無表情がまったく崩れない。行動が読めない。それほどまでに彼は、静かで涼しい顔つきだった。
その男が片足を前へ動かした。
戸口をふさぐチェザが見えていないかのように歩む彼に、チェザは手をかざして行動を阻んだ。
「こちらへは入ることが許されぬ」
「ーーーーーー」
彼が何かを言った。
その直後。
男の右手が、動いた。俊敏に。
「…………っ!」
「チェザっ!」
条件反射的に動いたチェザのうめき声と骨を砕いた鈍い音、そして二人のリアスを連れて戻ってきたロアの鋭い叫び声がほぼ同時だった。
一瞬の閃光だった。
大きな刃が弧を描くようにして振り払われたのだ。
チェザの眼前が深紅に染まる。
風が、動いた。
「……あ」
金の御剣と銀の御剣が一斉に輝きを増し、男が左手の痛みを更に感じたのだろう、小さく声を上げたがその御剣を手放すことはなかった。だが、左手の限界を悟ったのか、がくりと傾いだチェザの身体を見届けることなく、男は何も言わずに踵を返して走り去った。
あとには月姫の巫女とリアスたちと、双身を引き裂かれた銀の御剣の、哀しみだけが残った。
どこかで赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。