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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
四章  覚醒のあと
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「フィーザ」

「あ、カリ様」

 別室で待たせてあったフィーザに背後から声をかけると、大人になった小さな少女は驚いたようにぱっと立ち上がった。じっと自らの顔を覗き込んでいたのだろうが、手に持っていた銀板を慌てて後ろ手に隠し、姿勢を正して大人びた態度を取って、彼を迎えるその初々しい姿に、カリは苦笑とともに頼もしさをも感じ始めた。

 そして、彼女の額にも、チェザと同じ紋章があるーーー。

 二人はまだ若い。

 これからのサーラを担っていくリアスなのだ。

「チェザ……は? 大丈夫なのですか? フィーザに何かできることは?」

「いや……」

 質問攻めにしようとするフィーザを、片手を上げて制すると、その場に腰を下ろさせ、カリも座った。

「……君は十五の暦の先に起こった出来事を知っているか」

 唐突にカリは話題を変えて尋ねた。フィーザは首を傾げつつも返事をする。

「はい。チェザの父君様が月へ召されたことですよね。それならば民はみな、特にリアスを志す者たちは誰でも知っていることですわ」

 サーラの民に知らされた真実は二つ。

 リアスであったチェザが月へ召されたのは、聖月の宮の中であったこと。

 そして、その日は待望の第一子が生まれた日であったこと。

「そうだな。では、金の御剣が盗まれたことは?」

「え」

 ガタン。

 フィーザは持っていた銀板を手から滑り落とした。ひどい音がした。

「……あ。す、す、すみま、せん、カリ……様」

「いや」

 カリは静かにそれを拾い上げる。誰もが似たような反応をする。だからそれはわかっていたことだった。

 当たり前だ。

 サーラにとって、祭典のたびに用いられ、さらに月姫の巫女のみがその力を引き出すことができるという月で生まれた聖月の御剣。二振りのそれは、ひどく似通っているようでまったく違う光を放つという。リアスでなければ祭事以外で見ることも触れることもかなわない。

「……盗まれた、とは」

 十五もの暦を遡る時代に盗まれた。すなわちその間の祭事では偽物が使用されていたということになる。リアスしか知らない真実。

「言葉通りだ。盗まれた。それも金色の髪を持つ男に、だそうだ」

「金の髪!」

 フィーザが声を荒げた。当然の反応に、カリは無言でフィーザを見やる。

「そんな民がいるのですか? このサーラに? だとしたらルーシファー様への冒涜ですわ。そんな色を持てるなんて。月姫の巫女様でもないのに」

 信じられないというようにフィーザは首を振った。

「……サーラの民ではないのかもしれない」

 ぽつりと呟いたその一言は、フィーザにとって盗難事件よりも驚愕に値する一言だった。

 サーラは、サーラ以外の民を知らないから。

「サーラの民ではないひとがいるのですか? この地に?」

「……わからない、それは。その事件以来、誰も金色の男に会っていないから」

 少し優しい口調になって、カリは言う。

 そう、なにもわからないのだ。サーラの民は知らない。大陸という概念も、この地がどれほど広いのかも。大陸と大陸を繋ぐ海という存在も。

「チェザ様はその男に殺された。月姫の巫女様を護って……」

「……え」

「たぶんチェザはそれを知ってしまったんだろう。俺はそう思うよ……」

 殺される。

 他人によって故意に、月へ召されてしまうことだ。

 争いのないサーラではあまり実感はなかった。すべては月姫の巫女の元に、平穏が約束されているものだから。

 リアスとして双剣術を扱うのも、他人と争うためなどではなく、秩序の象徴だった。もっとも高貴でもっとも洗練された究極の娯楽ともいえるのが、サーラの民が修得する剣術なのだった。

「……そんなことがあったのですか。チェザの生まれた日に」

 フィーザの声は震えている。恐怖だろうか。それとも驚愕のためか。悲しみのためか。

「不安にさせてすまなかった。お前もリアスになったのだから、いつかは知ることになる真実だ」

「いいえ……、いいえっ!」

 フィーザは激しく首を横に振る。

「チェザの思いに比べたら、フィーザなんて……。こんな真実を受け止めなければならないチェザのほうがもっともっと不安でしょうに」

「そう、だな」

 カリは膝行してフィーザに一歩近づく。白い両腕をフィーザの背中にまわして、ゆっくりと抱き寄せる。小さな身体は彼のラカーユにすっぽりと包まれた。

「……え。か、カリ、様?」

「お前はどんな真実を受け止めてきた? チェザの心配ばかりしている必要はない。リアスになるための銀の儀式では自分の奥底にあるなにかに直面し、それを受け入れることができたとき十字の紋章が額に擁かれるのだから。お前はきっと今、無理をしている。―――俺にまで隠すのか?」

 最後の一言はフィーザにはひどく残酷だった。

 隠す。そんなつもりではない。

 だからこそ、言えなかった。こうしてチェザの心配をしていればすべてを忘れていられるのだと。チェザを心配する思いは本物だけれど、どこかそれを言い訳にして、一人になりたくなくてカリの好意に甘えてここにいるのだと。そうカリに思われたくはなかったのだ。

 フィーザは顔をカリの胸にうずめたままで呟く。

「平気です。全然。チェザに比べたらたいしたことではありませんわ……」

「チェザと比べるな。あれは特別だ。お前たちはまだ十五歳なのだから、真実のすべてを一人で受け止める必要はない。リアスの銀の儀式では真実を受け止め、そしてその後どうするかを問うているのだよ。それがわかったとき、お前たちは真に子供ではなくなるはずだ」

「ーーー真、実?」

 リアスとして、この儀式を経験したことのあるカリの言葉は重たくて真実で、だからこそフィーザの胸はきりきりと痛んだ。



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