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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
三章  揺るぎなき決意
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 スーの樹に隠れながら、チェザは慎重に石で作られた道を歩いていく。

 闇の日の恐怖はもう、そこになかった。

(朝まで閉じ込められたままでいられるかっつーのっ)

 幸いにもケアラという少女はチェザを信頼していたらしく、あたりに見張りが立っていたりすることはなかった。すんなりと部屋を抜け出すことに成功する。

 チェザの目指す先はもちろん、聖月の宮の一番奥の部屋だった。

 リアスたちは通常、数人が聖月の宮に滞在しているが、リアスの家族はその外に住居を構えていて、彼らは比較的自由に我が家に帰ることができた。リアスとは縛られるものではない。彼らは月姫の巫女のために存在しているが、それはけっして自らの家族を捨てることではないのだ。

 サーラ国の中央に聖月の宮と儀式のための広場があり、名実ともにそこがサーラの中心だ。

(なんで月姫の巫女様が奥の部屋なんかにいるんだ?)

 ケアラに聞いたときにはたいして疑問を抱かなかったけれど。

 月姫の巫女が使用する部屋は、聖月の宮のちょうど中央にある、と母ファーリーから聞いたことがある。

 それに。

『早く逃げるんだ! なぜこんなところに子供がいる?』

 これは青年がチェザに会って最初に発した言葉だ。

(逃げる?)

 それはけっして闇の日に聖月の祠へ無断で進入した子供を叱る言葉ではありえない。

(なにから逃げるんだよ?)

 一つの疑問が浮かぶと、いままで曖昧で不自然だった部分が次々と見えてくる。

 青年もサーラの民であるなら、闇の日には聖月の祠といえども外出しないはずである。チェザには青年が自分を叱る権利はないように思えた。

(あいつだってケアラだって出てんじゃん外)

 たとえ聖月の宮敷地内だとしても、サーラにとって闇色の空が頭上にあればそれは外出したという認識となる。考えれば考えるほど起こる事柄のすべてが矛盾しているようにチェザには感じてきた。

 回廊は、闇の日で人気がないことも手伝って、チェザは誰にも会うことなく探索することに成功している。

 外側をぐるりと囲むスーの樹と石を敷き詰められた通路。十以上に仕切られた部屋。宮の入り口はひときわ高いマリフェの樹が両側に二本植えられている。マリフェの樹は年中変わらぬ姿で立ちつづける針葉樹であることから永遠の証とされていた。

 その入り口を入ってすぐのことだった。

「チェザっ!」

「!」

 鋭く大気を切り裂くような悲鳴が上がった。

 びくりとチェザは肩を震わせる。矛盾だらけのこの聖月の宮で、はじめて誰かがチェザの名前を呼んだのだ、絶叫とともに。

 聞いたことのある声だとすぐに思った。

(誰?)

 足音を立てないように歩いていたチェザは、そのとたん勢いよく走り出した。

 声を頼りに走り、土レンガの大きな柱の角を曲がろうとしたところで大きな影とぶつかった。

「……あ」

 瞳が合った。たぶん。薄暗くてわからなかったけれど、チェザはそう思った。

 そして気づく。

「!」

(月色の髪?)

 数日前の記憶が呼び起こされる。

 東の森で倒れていた男。顔はよく覚えていない。だが、たしかに彼と同じ色の髪をしていた。それだけが鮮明に思い出せる。

 今チェザの眼前にいるのは、いままでチェザが会ったどんなサーラの民とも違った風貌をしている、長身の男だった。眩いばかりの金色の長い髪。こんな民がサーラ国にいるというのか。月姫に愛された地サーラで、月霊ルーシファーそのものの姿とも言える金色を纏える民が……。

(やっぱり月からの使者なのか……)

 真実は、わからない。それは憶測でしかない。

 チェザは微動だにせず男を凝視していたが、彼は右の手首をくるりと返した。

 星明かりでかろうじて見えた、金属の輝き。

(武器を持ってるっ!)

 チェザは二本の短剣を持ってはいたが、男が持つそれは短剣などではとても防げるものではないと瞬時に理解できるほど巨大な武器だった。

 しかもその刃には紅い血がしたたっている。

(に、逃げなきゃ……)

 チェザの理性は脳裏にそう訴える。だが、それが行動に移らなかった。祠で会った青年が逃げろと言ったその意味を、いまようやく無意識の中で悟っていた。

(……こ、ろされ、るっ。いやだっ!)

 それはチェザが今まで感じたことのない、真実の恐怖だった。

 逃げなければならない。だが、この男から視線を外した瞬間には、目にも留まらぬ俊敏さでその巨大な見たこともない武器が、チェザに向かって振り下ろされるのではないかと感じていた。

 短剣の柄に置いた左手ががたがたと震える。

「イエ・ファター・ジュアノー」

「……え」

 まさかこの男が言葉を発するなど、チェザはまったく予想していなかった。その言葉はチェザにとって意味をなすものではまるでなかったが、少なくとも男は言葉を持って話すことができるのだ。あのときの男と同じように。

 金色の男は武器の先を落とす。そのままチェザの脇をすりぬけ、何事もなかったかのように走り去っていくのをチェザは振り返って見る勇気すらなかった。

(殺されなかった……)

 チェザは柱にその身を預けて大きく息を吐く。

 安堵したのもつかのま。

「チェザ! おい!」

 再び同じ声がチェザを呼んだ。ひどく焦っている声だった。絶望にも近い声だった。そして何より、悲しい声だった。

 チェザは残る気力だけで身体を両足のみで支えた。

 そして走る。先ほどよりはずっと近くで声が聞こえた。この角を曲がればきっと何かが見えると思った。


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