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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
三章  揺るぎなき決意
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「え。ここは……」

 チェザの眼前に広がるのは、ひときわ大きな天蓋。

 祠から青年はまっすぐにこの建物に向かって歩いていた。

「恐れ多くもこちらは、月姫の巫女様の住まう聖月の宮だ。行く場所がないのだろう。しかたがない。ここに明日まで預けておく」

 チェザはまだ聖月の宮に足を踏み入れたことはない。リアス以外の民はないだろう。聖月祭で広場に集まることはあっても、内部には入れないのだから。

 宮の入り口には、木杖を掲げた影が一人、立っていた。

 小柄な体躯は女性のものだ。まだ少女と呼べる年頃だろう。チェザには彼女の顔はよく見えたのだ。

「よくご無事でお戻りになられました」

 青年の顔を見て、その少女は深く頭を下げた。

 ラカーユを着ている。

(……リアス、だ)

 チェザとほとんど歳は変わらないように見えるのに、気高い金色のトリアを髪に巻いていた。

「ああ、ケアラか。ちょうどよかった。この少年を聖月の宮で明日まで預かってくれないか」

「どうなされたのですか?」

「わからないが、聖月の祠にいたのだ」

「……まぁ。恐れ多い」

 まだ少女にしか見えないのに、彼女は分別のかけらもない幼子を見つめるような大人びた双眸をチェザに向けた。

「では失礼いたします。月姫の巫女様が長らくお待ちしておりますのでお早く向かわれたほうがよろしいかと」

「そうだな」

 青年はそのまま聖月の宮に向かって石で舗装された道を先ほどのように早足で歩いていった。そして、チェザと少女はその場に残される。

「私たちも行きましょう。ルーシファー様のおられない夜に外にいては危険ですから」

「そのくらい知ってるよ!」

 促され、歩き出した少女の背中に、少し怒鳴るような口調を投げかけて後を追った。

 ケアラと呼ばれていた少女は、チェザよりも背が低く、チェザと変わらぬ年代だというのにどこか違っていた。

(リアス……だから?)

 身体に纏うにじみ出るような光、だとか。

 瞳の陰り、だとか。

 その髪にある緑色の神聖さ、だとか。

 カリにあるものが、この幼い少女にも、ある。

 それはカリがリアスであるというよりも、チェザよりずいぶんと大人であるからだと思っていたし、それを疑っていなかった。

「どうしたの? 黙ってしまって」

「聖月の宮に行くの?」

「ええ。今リアスはみな、聖月の宮に待機しているの。数人を除いてはね」

「なんで?」

「もちろん月姫の巫女様のお側近くにいるためよ。あとは弟君のアース様のね。今は聖月の宮の一番奥のお部屋にいらっしゃるのだけれど」

 チェザも知っている名前が出てきて少し安堵した。どこか知らない場所に来てしまったように錯覚していたが、月姫の巫女の実弟はアースという名前だと確認できたのだ。チェザの叔父にあたる。

「ねえカリは? カリはここにいないのかよ?」

「カリ? ティエ様の御子息の?」

「そうそれ」

 リアスならば当然ティエとカリの親子を知っているはずだと思っての質問だったが、チェザは内心予感が的中してほっとした。

「ティエ様の家にいると思うわよ。あの子のように分別があれば、貴方も外出なんてしなかったでしょうに」

 責める口調ではなかったが、どこか憐憫を覚えさせるものだった。だが、それよりもチェザは彼女の言葉が気になった。

「あの子って……カリはすごい年上なのに子供みたいな言い方するんだな」

「年上? おかしなことを言うのね。カリはまだ十二歳でしょ? 貴方よりも年下じゃないかしら」

「は……?」

 チェザが知るカリは、二十七歳の青年だ。けれど少女はティエの息子のカリと言ったのだから同一人物のはずだった。そんな狼狽に気づかない彼女は、小さな部屋に案内してチェザを振り返った。

「さあ。ここよ。貴方はこの部屋で朝まで大人しくしていてくださいね。もう闇の日に外出するなどという無茶をなさらないように」

 ケアラの口調はやはり幼い子供に諭すそれに等しい。

(せいぜいおれよりひとつかふたつ上なだけだろ)

 だが年齢を重視するサーラでは、その一年の差で上下が決まるのだ。

「……はーい。わかりましたー」

 しかたなくチェザは反論せずに、素直な返事をした。もう自分の主張を通しても無駄だと感じていた。

 何が起こっているのかまったくわからないが、ここでは間違いなく今日は闇の日だったのだから。



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