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一筋の光も届かない闇の中に、チェザは身を置いている。
静謐をもって語られるこの地は、月霊ルーシファーの娘システィザーナが地上の男性と住んでいた場所であるという。
神秘が作り出したこの洞窟は、名を聖月の祠と言った。
冷涼な風が、肌に触れた。
チェザがここで頼れるものは何もない。
左手に火を灯した木杖を持って、腰に二本の短剣を差して、あとはこの身ひとつだけだった。
誰もいない。諒闇のように重く暗く、だのに真実の神性を感じる大気。
「これが儀式かよー」
人ひとりがようやく通れるかどうかという狭い洞窟を歩みながら、彼はそうひとりごちる。
小柄な彼でさえ少し前かがみになって歩かなければ頭をぶつけてしまうほど天井も低い。カリなど這っていかねばなるまい。
これがあの有名な聖月の祠なのだ。
月霊ルーシファーの娘システィザーナが母なる月より与えられし二本の短剣。聖月の御剣と総称される金の御剣、銀の御剣を奉ってあるという祠。
その中に入り御剣を手にせよ、というのが銀の儀式だった。
銀の儀式は月姫の巫女が自ら、大人になる子供たちに適切な職業を与えると言われている。どんな儀式なのかは、恐れ多いことだから誰も口にしない。
(ずっと一本道なのか……?)
ふとよぎる疑問。だが、今のチェザにはこれが最重要問題に思えた。もし分かれ道があったらどちらに進むべきか。
それでも歩みを止めることはない。引き下がるわけにも、もちろんいかない。チェザは前に進むだけだった。
ただひたすらに、チェザの藍色の瞳が見つめるものは眼前に広がる闇だけ。
恐怖はなかった。
この先にあるものを、少年はきっとどこかで知っていたのだろうから。