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【夢幻の大陸詩】 月姫楽土の子供たち  作者: 水城杏楠
二章  出逢いの先に
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 男が倒れていた現場に近づくにつれ、ラフィの足取りは重くなっていた。

 アストは慎重に歩みを進め、チェザは高鳴る心臓を押さえきれずにいた。それは恐怖の中にある期待だった。

(おれはなにを期待してるんだろう?)

 月霊ルーシファーの化身かもしれないこと?

(でも、それは月姫の巫女様のことだし)

 母ファーリーの妹に、チェザは遠目にしか会ったことはないけれど、きっと夜空の月のように気高い瞳をしているのだと思っていた。勝手に想像していた。ほかの民と同じように、期待していた。

 だからあの男が月霊ルーシファーだということはありえない。歩きながら冷静になりつつある頭で、チェザはそう分析する。

 でも、アストのいうように月からの使者かもしれない。

 月霊ルーシファーの娘であるシスティザーナが月からこの地上に舞い降りたとき、月の民が何人か供をしたと言われている。そのときのように、きっと月から新たな使者が舞い降りたのだ。この結論は理論にかなっている気がして、チェザは一人で満足してうなずいた。

 やがて、先ほどと同じくらいまでには男に近づいていた。ラフィは慌てた様子で落とした三枚のジュオンの葉を見つけて拾い上げた。ここにたどり着く前に、もちろんいくつかのジュオンの樹を見つけてはいたが、それらを採ることはしない。三枚採ってこい、と命じられたラフィは、ジュオンの樹から三枚の葉だけを採ってこなければならない。それ以上でもそれ以下でもないのだ。

「ね、ねぇ。どうするの?」

 目的を果たしたラフィは一刻も早く森を抜け出したいのに、チェザはゆるぎない瞳を繁みの奥へ向けていた。もう冬が間近に迫っているサーラの昼は短い。今日はもちろん闇の日ではないから月は出ているけれど、それでも森の中にいるのだから月があろうとなかろうと暗いことに変わりはない。

「チェザ、どうするんだ」

 アストが警戒して尋ねる。年長者として、そして唯一の銀の儀式経験者……つまりは大人として、これ以上の危険は犯すべきではないと忠告したのだが、チェザの背中はそれに反発していた。

 まっすぐと倒れている男のそばに近づくチェザを、二人の瞳はただ一心に見つめた。

 やはり変わらない、輝く金色の髪。

 チェザは改めてそれを確認する。

 男は近づくチェザの足音に気づいたのか、上半身を持ち上げながら振り向いた。聖なる金色の瞳がチェザをとらえた。視線が一瞬だけ交錯した。

「…………」

 それはあまりにも整いすぎた、優雅な美貌だった。おもわずチェザは息を呑む。先ほどはそんなことを確認している余裕はまるでなかったのだ。

「……うっ」

 怪我をしているのだろうか。身体を動かしたとたん、彼の表情は苦痛にゆがむ。そんな表情すら、この世界のものとは思えないほどに整ったものだったことに、さらなる驚愕を覚え、また彼が月の住人であることをチェザはどこかで確信していた。

(月から降りてくるのに失敗したとか?)

 チェザはあたりを見回してみる。すぐに目的の物は見つかった。この時期ならたくさん生えているはずだから。

 それはビアの葉とビアの実だ。

 どちらも食用になる。秋も終わるこの果実の月にもっともよくとれる食料であり、また冬の間の保存食としても重宝されるものだった。ビアの実は彼らサーラの民の主食のひとつでもある。

 チェザは葉を二枚と実を二つ手でちぎると、その男に差し出した。

「これ、やるよ。食べればきっとゲンキになるよ」

 チェザの差し出したものを、男は怪訝そうな表情を浮かべながらも受け取った。そして、そのとき初めて気づいた。チェザたちもたしかにこの男に対していくらかの恐怖を抱いている。だが、それと同様に、この男もまた見知らぬチェザたちを恐れているのだ、と。

「……シン・……ケル・ラー……」

 彼は何かをチェザに言った。

 そのときのチェザには、この男が月からの使者であろうとなかろうとどちらでもよかった。ただ、助けてあげなければならないとそう感じたのだ。



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