正直者は馬鹿をみるが反省はしない
とある日の日曜日の午後。大学から少し遠い代わりに学生寮よりも少し家賃が安い、四畳半の部屋。一組のカップルがいちゃいちゃしていました。
「君さ……。いくらなんでも最近僕のこと殴りすぎだと思わない? ねえ」
「思わない。断固として思わない」
誰がなんと言おうといちゃいちゃしていました。
二人は映画を見ています。ありがちな学園物で、生徒のいざこざを教師の視点から描いた物です。レンタルビデオ屋でそれを見つけた時、二人は思わず苦笑しました。その映画に出てくる二人の生徒の設定が、高校生だった頃の二人の関係とほとんど同じだったからです。
「つまんない」
と、彼女は言いました。本当につまらなかったわけではありません。その映画があまりに二人をなぞりすぎていて、見ているのがつらくなったのです。
「そうだね。じゃあ消そうか」
彼はビデオを止めました。彼女はなんだか難しい顔をして、明後日の方向を見ています。彼がかなり心配そうな顔で覗き込みます。
「どうしたの?」
「別に大したことじゃないんだけど、」
彼女はまるでバカップルみたいだなと苦笑しながら尋ねました。
「君って私のどこが好きなのかなと思って」
「どこが好き、か」
彼は顎に手を当てて、深刻に眉を寄せます。彼女はそんなに答え辛い質問だったかな、となんとなく申し訳なくなりました。
彼は、
「別にどこも好きじゃないよ」
と答え、殴られました。
床を転がって一回転するくらいの勢いで殴られました。
「じゃあなんで私と付き合ってるの?」
「君しか付き合ってくれるような人がいなかったから」
これも正直に答えたつもりだったのですが「そう。もう一発欲しいの」と彼女が拳をバキバキ鳴らし始めたので「ちょっと待って落ち着いて」と、言い訳を考え始めます。
彼は逆に質問することにしました。
「君こそ、なんで僕なんかと付き合ってるのさ」
軽い感じで口に出したけれど、それは彼がずっと聞きたくて、でも聞けなかったことでした。
彼は高校時代いじめにあっていました。「自分がいじめにあっている」と思いたくなくて、昔は強がっていましたが、いま思うとあれはどこからどう考えてもいじめでした。彼は何度も死のうと思いました。手首を切ったことは一度ではありません。部屋の壁に釘を打ち、ロープをかけたこともあります。
だけど彼は生きています。罰ゲームで告白した彼女があっさりと「いいよ」と言ったことで、こうして。
「……そういえばなんでだろうね」
彼女は誤魔化すように笑いました。
「自分だって答えられないじゃないか」
「私はいいの」
「よくないよ」
彼は真剣な目をしました。彼女は溜め息を一つ吐いて、言いました。
「断ったらね。君が死んじゃうような気がしたの。私が殺したみたいで、そんなの嫌じゃない? だから告白を受けた」
「積年の謎が一つ解けたよ」
「君ってどれだけ自分に自信ないのよ」
彼女は呆れた口調で言い、精一杯強がっている彼に「好きよ」と言いました。
「……もう一回言って」
「調子に乗るな」
頭を軽く叩きます。少し涙目になっている彼がなんだかかわいそうに見えてきて。彼女は言うつもりのなかった続きを言いました。
「付き合ってみたら君のいいところがいっぱい見えてきた。……好きになった。いま付き合ってる理由はそれだけ」
「……わお」
顔を見られたくなくて、彼女は彼に寄り添い、彼は彼女を背中からゆるく抱きしめます。
「ん……、僕って君のどこが好きなんだろう」
「私が君を好きなところじゃないの?」
それは多少「君しか付き合ってくれなかった」を根に持った彼女なりの皮肉だったのですが、彼に気づいた様子はありません。
「あ、一つだけわかった。君の好きなとこ」
「どこよ?」
「抱き心地。二の腕とか柔らかいし」
不意に彼女が立ち上がり、彼の正面を向き、ニッコリと微笑みました。
「どうしたの?」
と、彼が言い終える前に、あざやかな右ストレートが彼の額を捉えました。
彼女はそんな彼に仕方ないなぁとか思いながら手を差し伸べます。
彼はそんな彼女をとても愛おしく思いながらその手を取りました。
とある日の日曜日の午後。
大学から少し遠い代わりに学生寮よりも少し家賃が安い、四畳半の部屋。
二人はとても幸せな時間を過ごしています。