12.川は流れ続ける <女> アンヌ・ド・ブリュイ
通りの端、古い樹の枝。
乾いたプラタナスの小さな葉は、陽を受け、くるくると回りながら、ゆっくりと風にほどけるように舞い落ちた。
彼は、それを見つめていた。
時の流れを測るように。
顔が、上がった。
視線が、ぶつかる。
ほんの一瞬、世界が止まった。
遠くの鐘の音も、風の音も、通り過ぎる人の足音も、どこか遠くへ行ってしまった。
彼の目が、驚きと、溶けるような安堵で柔らかくなる。
長く探していたものを、見つけた顔。
思わず、足を止める。
頬が、熱くなるのが、分かった。
彼は、少し笑った。
大げさではない、小さな笑み。
胸の奥で暴れていた鼓動が、今度は、やわらかく温かく広がっていく。
風が、吹く。
プラタナスの葉が、ふたりの間を邪魔するように、2枚、3枚とこぼれ落ちた。
ゆっくりと、近づいた。
靴の底・・・石畳みに触れる音が、やけに大きく聞こえる。
「お待ちになりました?」
「いえ、今来たところです。」
小さな嘘をつく彼の表情・・・
陽の色が、彼の頬と髪に残っていた。
心臓が、強く跳ねた。
手を伸ばせば届く場所・・・
彼の太い腕が、すぐ目の前にあった。
いつもの外套の袖。
手を伸ばそうとして、躊躇した。
なぜだろう?
指先が、動かない。
視線が、交わる。
彼の腕が、伸びた。
静かで、自然な動きだった。
手が、私の手に触れた。
顔を上げた瞬間、指が、やさしく包まれる。
何も、言わない。
温かい。
ただ、私の手を取って、少し自分の腕のほうへと引き寄せた。
自然に、顔がほころぶ。
気づけば、その太くかたい腕に自分の指を絡めていた。
さっきまであった躊躇いが、嘘みたいに消えている。
腕越しに伝わる体温が、じんわりと体に広がっていく。
こんなにも・・・近い。
風が吹き、乾いた葉が1枚、落ちた。
葉が、ふたりの間を邪魔することは、なかった。
「川のほうを、歩きませんか。」
彼が、歩き出す。
自然と、その歩みに合わせた。
頬の熱を、感じていた。
腕を組んだ私たちを、風に吹かれた葉が、静かに追い越していく。
腕を組み、そのまま広場を横切った。
川へ下る小道。
ふいに、問いかけられた・・・
「怖くは、ありませんか?」
「あなたは、いつも遠くを見ているのかもしれません・・・でも、今は、ほらっ、私の隣に居ます。」
答えに、なっていなかった。
でも、それでいい・・・そう感じた。
胸の奥に、詰まって出てこない言葉があった。
「ねぇ、もしも・・・」
聞いてしまえば、もう知らなかった頃には、戻れない。
彼の腕に絡めていた指を、握り直した。
温かさに、勇気をもらうように。
「もしも、あなたが旅に出るなら、私も、一緒に行けますでしょうか?」
風が強くなり、水面が揺れた。
沈黙が、長く感じられた。
聞くべきでは、なかったのかもしれない。
それでも、聞きたかったのだ。
はっきりと・・・
私が、あなたにとって、何なのかを。
「川は、流れ続けます。」
低く、落ち着いた声だった。
「水は・・・止まることがありません。でも、流れながら、同じ場所を目指して並んで進むことはできます。」
彼は、少し遠くを見た。
川の向こうの空を・・・
「それって、答えになってないですわ。それで、今日は、うちに泊まります?」
彼の目が、驚いたように動いた。
黙って待った。
一度、喉を鳴らし、ようやく口が開いた。
「・・・世話に・・・なります。」
それが、なぜか可笑しくて・・・
小さく息を吐き、平静を装った。
「そう・・・」
それだけ言って、家の扉の前まで、黙って歩く。
胸の奥・・・その深い部分で、跳ね続ける拍動を強く感じていた。




