第七話 〈断章〉悪夢
五年前の、空の青さが美しい夏休みのある一日のことだった。
蝉の鳴き声が森に包まれた町に響き渡り、夏の始まりを告げる生暖かい風があらゆる場所を吹き抜ける。
そんな、平穏そのものの日常の中で。ミユキは、ユウキと一緒にいつもの空き地で遊んでいた。
本当はクーラーの効いた部屋でゲームでもしたかったけれど、今日は家に偉い人が来るからとかで、ミユキは家を追い出されたのだ。
かといって、ユウキの家にはそもそも娯楽と言えるようなものが存在しない。他の友達の家に行くことも少し考えたが、流石に突然押しかけるのは迷惑だと思って辞めた。
結果。二人は携帯式クーラーとスポーツドリンクを持って、外で遊ぶことになったのだ。なにをするのかは全く決めていなかったけれど、それは会った時に考えればいいだろうとのことで、とりあえず「いつもの場所で集合しよう」ということになっていた。
そして。そこで初めてなにをして遊ぶかを考えて、いつものように楽しく笑い合う。
――その、はずだった。
次に覚えているのは、ユウキの右眼に木の棒が突き刺さっている姿だ。
突き刺さった棒を両手で掴んで、けれどもそれ以上の出血を避けるためにも抜けずにいるユウキの姿だ。
痛い痛いと泣き叫んで、左目からは大粒の涙を、右目からは血の涙を流して、その場にうずくまって。ミユキの方を見て、助けて、と涙声で伝えてくる。
自分の右手には、何かの液体が滴るような感覚がして。恐る恐る視線を向けた先、そこには真っ赤な血色が滴っていた。
ミユキの身体には、どこにも傷はない。となると。必然、それはユウキの血液だった。
――おれが、ユウキの右眼を突き刺したのだと、考えるまでもなくわかった。
顔の右側と両手を血まみれにして、ユウキが涙を必死に堪えながらも助けてと訴えてくる。
それなのに。
ミユキは、逃げた。
自分のした事が怖くて、恐ろしくて。彼女の懇願に応えることも、謝ることも。それどころか、大人に助けを求めることもしないで、ミユキはひたすらに逃げた。
人の目をかいくぐり、森の中の川にある向かって、一目散に逃げ続けた。
そこで腕の血を洗い流して、ユウキは自宅へと逃げ帰った。
両親の静止も聞かず、自室に駆け込んで、鍵を閉めて。照明もクーラーも付けずに、ミユキは自室に引き篭った。
その後、自分は熱中症で気を失って倒れてしまって。外から鍵をこじ開けた妹に発見されて、一命を取り留めた。取り留めてしまった。
それから、冷静になった頭でミユキは考えた。なぜ、自分はユウキのことを傷つけてしまったのだろうかと。
どんなに考えても、その前後の記憶は思い出せなかった。
もしかしたら、気に触るようなことをユウキに言われたのかもしれない。けれど。それでも。
自分は、大切な人を平気で傷つけるような人間なんだと思って。自分が許せなくて。そして、怖くなった。
その日以降、ミユキは大人が自分を責めてくれることをずっと待っていた。
あんなことをした自分を叱って、殴って、人でなしだと叫んでくれることを待っていた。
けれど。そんな時は、いつまで待っても来なかった。
自分から言い出すのも怖くてできないミユキに届けられたのは、『ユウキは足を転ばせて大怪我を負ったらしい』というものだった。
それから、ミユキは夏休みが終わるまで誰とも会わなかった。病院にいるユウキに、見舞いにも行かなかった。
またあんなことをしてしまうのではないかと思うと、家族にすら顔を合わせるのが怖かった。
夏休みが開けたあと、先生から聞かされたのはユウキが大病院へと転院したということだった。
この町の病院では手術できる設備がないから、というのが理由だった。
結局、謝罪をすることも、裁きを受けることもできなかった。
†
そして。それから程なくして。ミユキたちの故郷は、〈天使〉の攻勢に晒された。
町の人たちは、みんな死ぬかこの世界からいなくなって。ミユキの両親も、ミユキと妹のキルシェを逃すために死んでしまった。
――お前たちは生きろ。
それが、両親の最期の言葉だった。
なのに。
ミユキは、キルシェすらも守れなかった。目の前で光となっていく妹を、ミユキはただ呆然と見つめることしかできなかった。
結果。惨劇から逃げ延びることができたのは、アレンとレツィーナ、ミユキのたった三名だった。
町の人口の〇.〇〇一%にも満たない生存率だった。
身寄りのない三人は孤児院に預けられることになったが、復讐に燃えるレツィーナはその日のうちに士官学校への受験を決めていた。
その数日後にはアレンも受験を決めていて。置いていかれたくないの一心で、ミユキも士官学校を受験した。
そして。翌年三月。三人は無事に合格し、士官学校に入学した。




