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最終話 君が向かう光

 意識が戻ると、ざぁ、ざぁ、と波が揺れる音が世界を満たしていた。

 航空機の鳴らすエンジン音が遠くで鳴り響き、静謐(せいひつ)な世界に微かなノイズを生み出している。


 身体に張り付くのは北極の冷たい水を目一杯に吸った衣服で、寒さにミユキは思わず身震いしてしまう。耳に付けていた複合通信機はどうやら壊れてしまったらしい。どんなに意識を集中させても、〈D-TOS〉が起動する気配はなかった。

 仰向けの背中には硬い金属の感触がして、こちらは墜落した航空機の破片なのだろう。けれど、頭の付近だけが柔らかい感触に包まれている。


 ……柔らかい感触?

 戦場にそぐわない感触に、ミユキは頭痛で閉じたくなるのをこらえて目を開ける。


「気分はどうだ? ミユキ」


 可愛らしい、けれども凛とした声と同時に、少女の()()のオッドアイがミユキを真正面から見下ろしてくる。

 カーテンのように垂れ下がる白銀の長髪には、ところどころに黒色の髪が混じっていて。微かに微笑む彼女に、ミユキは思わず問うていた。


「お前は……ユウキ、なのか?」

「ああ。そうだ」


 一切迷いのない即答だった。

 そして。ユウキそのものの声音と口調だ。

 込み上げてくる熱いものを必死で堪えて、ミユキは彼女の言葉を聞く。そこに居るんだいうことを噛み締めるように。


「天に昇る十字架を破壊した際、あそこに集積されていた情報は光と共に解放された。そしてその中に、お前の妹は一つの情報の塊として残されていた」


 堪えているのに視界がぼやけてくる。硬い口調とその声は、間違いなくユウキそのものだ。 


「お前が取り戻してくれた情報だけでは、私はどの道消えてしまう運命だった。だが。お前たちの記憶から私の情報をコピーし、不足分の情報を補うことで、私はこの世界に居られるようになった」


 流れ落ちる雫を拭い、いつもの無表情をつくるユウキの顔を見つめる。


「……そして。お前の妹――キルシェが、私にこの身体を与えてくれた」


 ――キルシェ。


 五年前に〈天使〉に同化された彼女は、場所と時間を経て〈熾天使(セラフィム)〉の中で存在し続けていたのだ。

 なら。さっきのあの邂逅は。

 見返してくる彼女の双眸が、そっと閉じられる。


「……キルシェが、私に贈ってくれたんだ。彼女が残していた身体構築情報を」

「……てことは、お前の身体」


 こくりと頷き。微かに震えた声音がそれを告げた。


「半分はキルシェの身体構造と同じだ。そして。今の私は、体細胞の八六%が光子結晶で構成されている」


 つまり。今の彼女の身体は、ほとんど〈天使〉と同一ということだ。そしてその原型は、五年前に〈天使〉に同化されながらもこの世界に存在し続けていたキルシェで。

 緋色の左目と黒色の混じった銀髪は、彼女が〈天使〉の中で存在し続けていたことの名残りでもある。


 それきり言葉は途切れて、二人の間には静かな時間が流れ込んでくる。

 吹く風は冷たい。けれど、膝枕越しに感じる温もりはミユキの心をこの上なく暖かくさせていた。


 頭痛が治まってきたところで、ミユキは再び目を開ける。視界に入ってくるのはユウキの赤と緑のオッドアイと、黒の混じった綺麗な銀髪。そしてその背景にある、朝日の昇る真っ青な蒼穹(そら)

 いくら気分が心地がよくても、ここは北極だ。〈D-TOS〉による温度調節もなしにここにいては凍死する。

 膝枕を離れ、立ち上がる。幸い無事だった予備の複合通信機を耳に取り付けながら、ミユキは座り込んだままのユウキに目を向けた。


「お前、通信機は?」

「そこまでの復元は不可能だった」


 立ち上がりながら言われて、ミユキはどうしたものかと考え込む。この通信機がないと、〈D-TOS〉による魔導の使用はおろか精神接続(クロッシング)による通信すら不可能だ。


「ミユキ」


 名前を呼ばれて思考を中断する。視線を彼女へと向けて――そこには、不安そうな表情をしたユウキがいた、


「……一緒に、連れてってくれるか?」


 いつもの不器用な真顔を装っているつもりなのだろうが、表情と声でバレバレだ。不安が思いっきり出てしまっている。

 らしくない様子に肩を竦めて、ミユキは答える。


「もちろん」


 と。

 ユウキの脚と背中を両手で抱きかかえ、〈D-TOS〉に意識を集中させる。


【飛行魔導を巡航状態で起動。出力を二〇〇%に固定】

【体感気温を二一℃に調節】


 無機質な音声が脳内に響き渡り、それと同時にミユキの背中には半透明の翼が現れる。極寒の空気が少し肌寒い空気に変わり、強ばっていた身体が落ち着きを取り戻す。

 しっかりと起動したのを確認してから、残骸を蹴り、空へと駆け出す。

 ふと腕の中のユウキと目が合い、お互いににこりと微笑み返した。 





 朝日の昇るそらは、心地のいい日差しだった。



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