第二話 特別模擬演習
演習場に入って、ミユキを出迎えていたのは地響きのような大歓声だった。見ると、演習場の周囲には強力な防護魔導を隔てた向こう側に観客が所狭しと並んでいる。
前方へと目線を向けると、そこにはミユキと同じ魔導士用戦闘服と複合通信機を付けたレツィーナとアレンがいた。
レツィーナの着る戦闘服は、ワンピースのような形状で。彼女の小銃には、左右に一つずつ小さな銃身のようなものが取り付けられている。
……どうやら、二人はあくまでも全力で勝ちに来ているらしい。彼らの瞳が、勝利を貪欲に狙う炎にめらめらと燃えているのが遠くからでもわかった。
熱狂に包まれる演習場に、司会の声が響く。
『それではお待たせいたしました。これより、今年卒業した三名の魔導士による特別模擬演習を執り行いたいと思います!』
その言葉に、会場が更に熱狂を増す。
それもそのはず。下士官学校の特別模擬演習は、一年に一度あるイベントとしても高い知名度と人気を誇っているのだ。
目的こそ軍への志願者を増やすことだが、その実態はただの派手な観戦イベントだ。特撮やアニメを見るのと、観客の意識はそう変わらない。
……まぁ。それがいいのか悪いのかはミユキには分からないが。
『では、まずは戦闘の前に、〈D-TOS〉とは何か、ということを皆さまに改めて説明させていただきます』
司会が言うのに、ミユキは視線を左上へと向ける。
司会席の下、観客席からは完全に隔離された区画。そこには、黒いモノリス状の物体が佇んでいた。
と思うと、そのモノリスは姿を正八面体へと変形させて、地面から浮遊する。
『〈D-TOS〉。正式には深層世界摂理介入戦術指向システム「マクスウェル」は、人類に仇なす敵――〈天使〉の撃滅を目的として開発された、人類の叡智の結晶体とも言える存在です』
“深層世界摂理《Deep World Providence》”から「D」を、“戦術指向《Tactics Oriented》”から「T」と「O」を。“システム《System》”からは「S」を。それぞれの頭文字を組み合わせた略称が、〈D-TOS〉だ。
ちなみにマクスウェルとは、約三百年ほど前に提唱された「マクスウェルの悪魔」から採られている。
レツィーナから聞いた話によると、「マクスウェルの悪魔」とは当時の物理学者――主に熱力学者を悩ませた思考実験のことを指すらしい。
『〈D-TOS〉によって、魔導士たちはあらゆる奇跡をつくり出すことができるようになりました。例えば――』
そこで、司会は不自然に言葉を切る。歓声がそれを聞こうと少し声を止めたところで、司会はわざとらしく続けた。
『――と。それは例を挙げるよりも、実際に見て頂いた方がお分かりいただけるでしょう。……では、大変長らくお待たせいたしました! 本日のフィナーレ、卒業生による〈D-TOS〉模擬演習です!』
絶叫する観客とは対象的に、演習場に佇む三人の少年少女たちは、一様に静かに目を瞑っていた。
意識を〈D-TOS〉へと集中させて、外界の雑音を遮断する。
通信機を介して戦闘開始のカウントダウンが脳内で響き、その数を刻々と減らしていく。
そして。脳内の秒数がゼロを示したのと同時。
「――〈D-TOS〉、戦闘起動!」
ミユキは目を見開いて、それを詠い上げていた。
【全〈D-TOS〉戦闘システム、正常に起動完了】
脳内に抑揚のない無機質な機械音声が響く。それと同時に小銃が幻の熱を纏い、引き抜いた長剣の刀身が鮮やかな蒼色に煌めいた。
〈魔導銃〉と、〈魔導剣〉。
〈D-TOS〉を通じて世界摂理――世界の在るべき姿を一時的に改変し、〈魔導銃〉には貫徹力と破壊力を。〈魔導銃〉には絶大な切れ味と軽量化を、それぞれ魔導によって付加させたのだ。
同時に、〈D-TOS〉を起動したアレンとレツィーナが動く。
アレンが〈魔導銃〉をこちらに向け、レツィーナが小銃から二つの銃身を分離させる。
【飛行魔導展開準備完了。超加速準備完了】
二人の〈魔導銃〉と、レツィーナの展開した二つの銃身の計四門が、同時にミユキへと向けられる。
四門の銃身から緑の光線が射出されると同時に、ミユキは飛行魔導と超加速を並列起動した。
ミユキの背中に天使のような半透明の白い翼が現れ、超加速で着弾の直前に上方へと離脱。〈D-TOS〉の支援の下、爆炎の帳の中にいる二人の場所を予測。推測地点へと向けて、ミユキは〈魔導銃〉を撃ち放つ。
――が、やはり、そこに二人の姿はない。
視線を左右に向けると、そこにはミユキと同じく天使の翼を羽ばたかせている二人の姿が見えた。アレンが同士討ちも厭わずに〈魔導銃〉の引き金を引き、ミユキがそれを寸のところで躱す。回避行動の軌道上には、レツィーナが三重にも渡って張り巡らせた光線の罠が見える。
【飛行魔導緊急停止。〇.五秒後に再起動】
あえて翼を消去し、直角で下方へと逃れる。再起動と同時に〈魔導銃〉をアレンへと撃ち込み、持っていた手を離す。
【飛行魔導を超加速】
右手の〈魔導剣〉に力を込め、全速力でアレンへと肉薄を開始する。
避けきれなかったミユキの光線がアレンの防護魔導に阻まれ、刹那爆炎が二人の視界を覆い隠す。事態を悟ったレツィーナがミユキの上方へと回り込み、ありったけの光線を驟雨のように降らせてくる。
しかし。超速で動くミユキに、光線の雨は追いつけない。
消えかけの爆炎を斬り裂いて、蒼刃が一閃。
アレンの防護魔導を突破し、効力を失った魔導盾が宙空へと霧散する。すかさず一歩踏み出し、二撃目。
だが。その刃は、アレンが隠し持っていたナイフに遮られた。
「っ……!?」
……まさか、これを受け止められるとは。
驚愕に目を見開くミユキに、アレンは冷や汗を垂らした顔でにやりと笑う。
「何回それでやられたと思ってんだ……!」
上方から光の雨が降ってくるのを感じて、一旦後方へと飛び退る。直後、元いた場所には三つの光線が降り注いでいた。
すかさず上方へと視線を向け、レツィーナの位置を把握。直後、ミユキは彼女へと突撃を開始した。
【感応速度を三〇〇%へと強化。身体機能を五〇〇%に一時強化】
前方からレツィーナの光線が降り注ぐ。だが、強化された感覚器官と身体能力は、それを捕捉し、最低限の動きでの回避を可能にする。
事態を悟ったアレンが、必死の形相でこちらに迫ってくる。構わず、突撃。
回避不能な光線を〈魔導剣〉で斬り払い、後退するレツィーナへと剣を突き立てる。
「くっ……!」
直後。剣の切っ先は強力な“何か”に阻まれた。
【対象:レツィーナ・レルヒェ。緊急停止プロテクトを実行】
脳内に、無機質な機械音声が響く。
この戦闘はあくまでも仲間同士の模擬演習だ。だから、実際に触れなくとも、〈D-TOS〉に内蔵された人工知能が接触と判定すれば、相手は撃破となる。
そして。緊急停止プロテクトの発動は撃破を意味する。
沸き立つ大音響の中、ミユキは眼下に迫るアレンへと視線を向ける。うなだれるレツィーナには一切の意識を向けない。
〈魔導剣〉を片手に、アレンが超加速で肉薄してくる。咄嗟に回避は不可能と判断し、迎撃の構えをとった。
直後。二つの〈魔導剣〉が真正面から激突。
剣戟が耳を打ち、蒼刃が激しい火花を散らして二人の視界を明滅させる。押し切られないように右手に力を込めながら、ミユキは左手で右腰の剣を少し引き抜く。
【〈魔導剣〉を並列起動。――〈D-TOS〉使用者の脳内使用率が一〇〇%を突破。人体保護プロテクトを実行】
その声と同時に、感応速度と身体機能の一時強化が消失。押し切られると同時に、ミユキは左手の剣を振り抜いた。
「ちっ……!」
間一髪、アレンがその斬撃を躱し、一度距離をとる。と思うと、彼の左右に四つの氷槍が現れた。
周囲の空気を圧縮させて形成したのだ。
それらは即座に放たれ、ミユキへと殺到する。
【〈魔導銃〉停止。〈魔導剣〉並列起動終了】
左手の剣が青色を失い、背中にさげた小銃から幻の熱が消失する。左の剣を投げ捨てると、ミユキは右手の〈魔導剣〉を両手で構え直した。
【身体機能および感応速度を三〇〇%に一時強化】
直後。突撃。
氷槍がミユキの眼前に迫る。〈D-TOS〉がそれらの弾道を推測し、精神接続した視界に予測線を表示する。
氷槍が一つの軌道上に入ったところで、〈魔導剣〉を横薙ぎに一閃。迫る四つの刃を粉砕し、足を緩めずにそのままアレンへと吶喊する。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
どうやら彼の脳内使用率も限界らしい。魔導盾も発動せずに、彼は〈魔導剣〉を構えていた。
強化された視界には、罠のようなものは見当たらない。アレンの動きも緩慢で、隠した何かを動かすような素振りも見せない。
……これで、終わりだ。
一撃目でアレンの剣を弾き飛ばし、二撃目の刃を彼の腹部に突き立てた。
【対象:アレンスト・フリーダー。緊急停止プロテクトを実行】
“何か”に阻まれた刃の裏には、無機質な機械音声がミユキの脳裏に響いていた。




