第二十五話 見出した希望
司令部を出る際に、司令長官の秘書から今日以降はこの基地で滞在せよとの命令を言い渡されて。隷下の隊員たちに帰らない趣旨の連絡をした後、アレンとレツィーナは指定された兵舎の前へときていた。
空は夏に特有の真っ青な青空を背景に、巨大な積乱雲ができていて。吹く風は暑く、頬を汗の雫が滴り落ちる。
ラプラスとの精神接続および〈D-TOS〉接続の確認作業を行っている時だった。
「……君たちは、知っていたのか?」
全高二メートルはあろう巨大な黒の長方形――ラプラスが唐突に訊ねて来るのに、アレンは曖昧に笑う。
「俺たちの中に〈天使〉因子が組み込まれてるって話か? それなら、あいつが目を覚ますちょっと前に聞かされたよ」
「隔離病棟にいたところに、急にお偉いさん方が押しかけてきてね。そこで、全部聞かされたわよ」
「……辛くは、なかったのか?」
ラプラスは神妙な音声で更に問うてくる。恐らく、最初から兵器として産み出されたいうことが引っかかっているのだろう。今度はレツィーナが苦笑した。
「そりゃあ驚きもしたし、ショックもちょっとはあったけどね。……でも。今更そんなこと言われたって、どうとも思わないわよ」
「例え兵器として産み出されたんだとしても、俺らの両親は俺たちのことを普通の子供として育ててくれた。一八九小隊の奴らも、今更そんなことで態度を変えて来るようなヤツらじゃねぇしな」
「というか。むしろ、ちょっと安心したかも」
「……安心?」
今度は怪訝な声になった。彼の杞憂を晴らせるようにと、レツィーナは本心をそのまま吐露する。
「私たちも、ミユキやユウキと同じだったんだって。二人にばっかり負担を背負わせるだけじゃなくて、私たちにも二人を支えられるような力があったんだって。そう思ったら、ちょっと嬉しかった」
何より。今回の作戦で――ユウキの奪還作戦に、自分たちが関わることができる。それが、何よりも嬉しかった。
大切な幼馴染の帰還をただ待っているだけではなく、自分たちの手でそれを手助けできる。ラプラスに搭載された〈D-TOS〉を使用して、ミユキを支えることができる。
全て、自分たちの中に〈天使〉因子がなければできなかったことだ。
確かに、ユウキを失ってしまったのはこの〈天使〉因子のせいかもしれない。けれど。それでも二人は、自分の中に〈天使〉因子が入っていて良かったと今は思えている。
【全接続行程を完了。〈D-TOS〉接続作業を完了】
脳内に流れてくるのは、〈D-TOS〉の無機質な機械音声だ。
「……と、これで登録完了か?」
呟いて。アレンは兵舎に立てかけてあった〈魔導銃〉と〈魔導剣〉を手に取る。相対するのは、同じく〈魔導銃〉と〈魔導剣〉を持つレツィーナだ。
「じゃ、このまま転換訓練やるか。いいよな? ラプラス」
そう言って向けてくる二人の視線は、どこか吹っ切れた色をしていて。強い子たちだな、とラプラスは思う。
もっと思い悩んで、立ち止まってもいいはずなのに。彼らはそれでもなお、前を向いて、そして進もうとしている。
ならば。ラプラスがやることはただ一つ。彼らの求めるものを最大限貸し与えるだけだ。
「了解した。じゃあ、まずは二〇〇%から始めてくぞ――」
最初に与えるものは、己の――最新〈D-TOS〉の力だ。
眼下の広場でアレンとレツィーナの最新〈D-TOS〉転換訓練が行われているさなか。兵舎の屋上にいたミユキは、北の青空に向けて真紅の双眸を眇める。
「絶対に、ユウキを助ける」
そして。自分も含めた全員で帰還する。
たとえ、どんなに困難であろうとも。
それが、両親と妹に生きろと言われて、みんなに生きて欲しいと望まれた自分がやるべきことだから。
†
聖暦二一四六年、七月三十一日。夕焼けが西の空へと完全に落ちた頃。
前日にラヴェトラーナの空軍基地へと移動していたミユキたち“特別挺進隊”は、輸送機の中で出撃の刻を待っていた。
闇の中に見える広大な飛行場には、離着陸用の滑走路を示すライトが規則正しく並べられていて。航空機自身が放つ光と相まって、飛行場はさながらイルミネーションのような華麗さを醸し出している。
「……壮観だな」
その光景を見て、アレンがぽつりと呟く。
現在、このラヴェトラーナ飛行場には戦闘機及び戦闘爆撃機が合わせて約七〇〇機。魔導士部隊を運ぶ輸送機が約二〇〇機。そして、最後の一撃を担う核攻撃機約二〇機が一同に介している。第一陣となる爆撃機三四機は、一足先に出撃済みだ。
今回の作戦――〈蒼き水平線〉作戦の概要は、以下のようになる。
まず、先程も言ったように第一陣は先遣の核攻撃機隊だ。彼らの北極点基地への核攻撃後、本隊となる第二陣が北極点基地へと突入。爆心地への進路を切り拓き、そこに存在するとされる〈天使〉の統御拠点を総力を上げて破壊する――というものだ。
ちなみに、ミユキたち特別挺進隊もこの第二陣の配属だ。北極点基地への到着後は、自分たちが戦力の最先鋒として突破口を切り開くことになっている。一ヶ月ほど前に提示された〈熾天使〉の拘束ないし撃破は、あくまで副次目標にすぎないのだとつい先程聞かされた。
また、第二陣の侵攻と並行して、東方に〈D-TOS〉による大規模な時空情報および量子情報の欺瞞情報が発射される予定だ。〈天使〉の全貌は定かではないが、少なくとも時空や量子情報の多い場所に寄ってくる習性は確認されている。
戦力が限られている以上、いかなる手段をもってしても北極点基地の〈天使〉は減らさなけれはならないのだ。
「ねぇ、ミユキ」
後ろの座席からレツィーナが声をかけてくる。
「どうやって助けるのか。なにか、案は思いついたの?」
「……一応、策はある」
正確には、案“らしきもの”はある、といったレベルだが。
とはいえ、それはラプラスにも話して、一定の理論的な信頼度はあるものだと判断されたものだ。試す価値は十分にある。
「……私たちは、なにをすればいい?」
「おれと一緒に戦ってくれ。それだけでいい」
ミユキの即答に、レツィーナはしばし考え込むように押し黙って。
「……わかった」
短く、けれども信頼と決意のこもった声だった。
彼女の心持ちに、ミユキは胸の内に秘めていた決意を更に硬くする。
誰も悲しませない。
みんなで、帰ると。
そして。数分後。ミユキたちの輸送機も離陸を開始した。




