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第二十二話 潰えた光

『――勇猛な空軍と魔導士たちの活躍によって、ライン連邦は〈天使〉への反攻作戦を見事成功へと導きました。これは、今を生きる全ての人類にとって大きな希望となることでしょう』

『また、昨日行われた統合軍司令部の記者会見によると、ライン連邦軍は今回奪還したラヴェトラーナを拠点に、北極点基地(エルドラド・ベース)への攻撃を計画していると発表されました。このことについては、カイルさんに詳しく解説を――』


 ひどく静かな病室の中には、報道番組の音声だけが粛々と音を鳴らし続けている。

 画面のキャスターたちがそれぞれの言葉を交わすのを、ミユキはぼんやりと聞いていた。

 ……確かに、彼らの言う通り〈ルキフェル〉作戦自体は成功と言っていいだろう。当初の目標であるラヴェトラーナの〈ドーム〉は消滅し、〈天使〉の統率機能は大きく減退した。現在、ライン連邦に襲い来る〈天使〉の動きは緩慢かつ統率のないものとなっているらしい。

 けれど。反攻および防衛戦略としては、大敗としか言いようのない惨状だった。


 国民には不安を与えないように良い部分だけを大々的に報道しているようだが、まず、戦力の喪失がいくらなんでも大きすぎる。航空戦力は五割が、魔導士部隊に至っては七割が文字通り“消滅”したのだ。ただでさえギリギリであった防衛戦線にとって、この損害はとうてい看過できるものではないだろう。今でこそ〈ドーム〉の消失によって辛うじて対応できているものの、防衛線が突破されるのは時間の問題だ。更なる反攻作戦についても、戦力が前よりも減退する以上厳しいと言わざるを得ないだろう。


 ……それに。なにより。

 ミユキは、ユウキを喪ってしまった。

 この世界でいちばん大切な人を、守りたいと思っていた人を、ミユキは見殺しにしてしまった。光となって消えていく姿を、()()も見ていることしかできなかった。


「……なにやってんだろ、おれ」


 時間が経つにつれて、ミユキの胸中にはただひたすらの後悔と哀しみだけが積み重っていく。

 頭では、理解はしているのだ。あの状況下では、ミユキには為す術がなかったことは。

 精神侵入に対する能力は、個々の精神強度と〈D-TOS〉による精神防護、そして〈天使〉の危険度階級の三つから構成されている。相手が〈熾天使(セラフィム)〉だった以上大元を撃破することなど出来なかったし、それ以降については他人が介入できる余地は無い。


 だから。あれは自分のせいではないとは、理論では分かってはいるのだけれど。

 けれど。まだ何か、自分にできることがあったのではないかということばかりを考えてしまう。


「見た感じだと、そんなに大きな怪我はなさそうだな?」


 開けっ放しの病室の外から声が聞こえてきて、ミユキはそちらに視線を向ける。


「……アレン、レツィーナ」


 居たのは、身体のあちこちに怪我を負っていた二人だった。アレンは頭に包帯を巻いていて、レツィーナは左腕を三角巾で吊っている。その姿は、かの作戦の過酷さを物語っていた。

 「やほ」と、レツィーナは苦笑したように笑う。


「ほんと、びっくりしたわよ? 急に魔導が切れて落ちてくんだから」

「レツィーナが、おれを助けてくれたのか?」

「ええ。何とか間に合ってよかったわ。あともう少し遅かったら、私もあんたも地面に激突してお陀仏だったんだから」


 肩を竦める彼女の瞳を、ミユキは正面からしっかりと見つめる。


「ありがとな、レツィーナ」

「どういたしまして。……んで、その目、どうしたの?」

「精神侵入の後遺症だってさ。一週間もすれば治るって、先生が」

「そう。なら、よかった」


 そして、そこで会話は途切れた。未だ部屋の入口で立ち止まる二人に、ミユキは怪訝な表情をする。レツィーナの方はともかく、アレンは何かを迷っているようだ。


「……とりあえず。そこだと邪魔だろうし、こっちに来た方がいいんじゃないか?」

「あ、そ、そうだな……」


 歯切れの悪い笑顔でアレンは歩み寄ってくる。彼の半歩後ろでは、レツィーナが曖昧な表情をして笑っていた。

 二人が近づいて来たところで、ミユキは彼らの瞳も少し色素が薄くなっていることに気づく。……確か、同化の後遺症には視力の低下も含まれていたっけか。


 ――君たちの住んでいた町の子供は、全員が大なり小なり〈天使〉因子を遺伝子に埋め込まれている。


 マウザーの言葉が、意識を通り過ぎていった。

 しばらくの沈黙ののち、アレンは意を決したように視線を合わせてくる。


「……ミユキ。あの時、お前らに何があったんだ?」

「……」

「〈熾天使(セラフィム)〉が二回目の爆発を起こした時、俺たちは〈熾天使(セラフィム)〉の精神侵入を受けた。それで、精神侵入を振り切ったあとにはお前は気を失ってて。……そんで、ユウキも」


 アレンの言葉は尻すぼみになっていく。ミユキは視線を下へと向けて、小さく、消え入るような声で呟いた。


「……また、守れなかったんだ」


 ()()。その言葉の意味を、二人は知っている。


「二回目の爆発で精神侵入を受けたのはおれたちも一緒だ。……けど」


 ぎり、と無意識に奥歯を噛み締める。静かに息を整えて、ミユキは言い放った。


「ユウキは、ダメだった」

「……」「……」


 事態を悟った二人が押し黙る中、キャスターの控えめな音声だけがテレビから流れ続ける。

 顔を上げると、ミユキは自嘲気味に笑った。


「おれ()()の身体に入ってる〈天使〉因子ってやつが悪さをしたんだってさ。そいつがおれたちの〈D-TOS〉適合率を上げる代わりに、精神侵入を加速させるんだって」

「……ユウキの適合率って、」


 レツィーナの問いに、ミユキはベッドの端に置いていた資料を取り上げる。マウザー先生が部屋を出る前に渡してくれた、特別(S)試験(T)試験部隊(T)に関する資料だ。彼が話したことについては殆ど何も書かれていなかったが、自分たちの〈D-TOS〉適合率ぐらいならば載っている。


「これに書いてるのがほんとなら、おれよりも高い数値だ」


 つまり。それは、ユウキがミユキたちよりも多くの〈天使〉因子を埋め込まれていたことを意味している。

 ミユキの八六%という適合率ですら光の粒子になりかけたのだ。これ以上の適合率となると――もはや、必然としか言いようがなかった。


「何やってんだろうな、おれ」


 自嘲の笑みに、涙が一筋流れ落ちる。

 大切な人はことごとく守れず、今回もまた自分が生き残ってしまった。

 ずっと一緒に過ごしたいと思って、守りたいと思っていたはずなのに。ほんとうに、何をやっているんだろうとミユキは思う。


「……事情は分かった。話してくれてありがとう」


 アレンの言葉はそれだけで、それきり三人の間には重い沈黙の時間が訪れる。テレビに流れるCM(コマーシャル)の音だけが、辛うじて部屋そのものの沈黙を破っていた。


「……私たちは、あんただけでも生きて帰ってきてくれてよかったと思ってる。それは、覚えてて」


 沈黙を破ったのは、レツィーナの確固とした意思の通った声だった。その言葉は、ミユキの乾ききった心にわずかな潤いを与えてくる。目に映る景色が、少しだけ現実感を取り戻した気がした。


「……おれたち、これからどうなるんだ?」


 ミユキの問いに、アレンは極めて冷静な声音で答えてくる。


「大方はテレビでやってる通りのことになるだろうな。……というか、それ以外にやれることがねぇ」


 これまで通り防衛戦だけをしていては、ただ滅亡を座して待つことにしかならない。ライン連邦には、もはや〈天使〉の最高中枢拠点である北極点基地(エルドラド・ベース)を撃滅する以外に道はないのだ。


「まぁ、なんだ。とりあえず俺たちは治療が最優先だ」


 顔を上げたミユキに、アレンは取り繕った笑みを浮かべる。


「こんな身体じゃ、どうしようもねぇからな」

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