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第二十話 消える光

「……やった、のか……?」


 〈智天使(ケルビム)〉の自爆を魔導盾(シールド)氷盾(ひょうじゅん)で受け止め、そこから全力で退避して。視界を焼き付くす極光が収まる中で、ミユキは呟いていた。

 先程まで〈智天使(ケルビム)〉がいた虚空を見つめるさなか、ラプラスの冷静な音声が耳に届く。


『周囲五キロメートル地点での〈智天使(ケルビム)〉の反応は消失している。……少なくとも、今、ここにはいねぇな』

『周囲の〈天使〉たちの行動も統率が崩れている。撃破したといっていいだろう』 

「……そうか。やった、のか」


 〈智天使(ケルビム)〉が呆気なく撃破できてしまったことに、ミユキは拍子抜けする。まさか、こんな簡単に倒せるとは思っていなかった。

 魔導の一時強化(ブースト)を終了させつつ、ミユキは通信機に意識を向ける。


「アレンたちは、」

『全員無事だ』


 さも当然かのように、アレンの声が割って入ってきた。


「……繋いでたのか」

『ついさっきな。こっちも頼まれてた〈座天使(ソロネ)〉は撃破した。戦死もなしだ』


  彼の報告に、それはよかったとミユキは無言で微笑を浮かべる。〈智天使(ケルビム)〉と〈座天使(ソロネ)〉。それぞれ軍の危険度指数では第二位と第三位を戴冠している〈天使〉なのだ。それを一個小隊と二人が、しかも一人の戦死者も出さずに撃破したというのだから驚くしかない。


『核攻撃隊に〈ドーム〉の攻撃を要請する。各員、周囲警戒をしつつ後退の準備を』

『了解』「わかった」


 ユウキの指示に従い、ミユキたちが撤退の準備を始めるさなか。周囲を旋回していた核攻撃機隊は一斉に針路を変え、〈ドーム〉目掛けて進出を開始する。総勢五四機にもなる攻撃機隊は、両翼下の重量強化点(ハードポイント)と機体内の爆弾倉(ばくだんそう)に大小様々なサイズの核ミサイルを搭載されており、最大限の火力を発揮できるようになっている。


 まず第一波の核攻撃で〈ドーム〉の持つ個体防壁を破壊し、第二波の核攻撃で〈ドーム〉本体を完膚なきまでに叩きのめす。それが、今作戦の最終段階だ。

 念の為に魔導盾(シールド)を展開しながら後退を開始していた――その時。

 突然、眼下の鏡面――〈ドーム〉が目を()くような閃光を放ち出した。


「なんだ!?」

『私にも理解不能だ……!』


 目を細めて、魔導で視界を最適化させる。だが、それでも眩い光は殆ど変わらない。

 その間にも、〈ドーム〉の放つ閃光はどんどんと高さと輝きを増していく。いつの間にか、〈ドーム〉の中心には漆黒の巨大な十字架が立ち上がっていた。


「ラプラス、あれは……?」

『オレのデータベースにも情報がない。……だが。この光とあの十字架は……』


 一瞬、妙な沈黙があいて。それから、ラプラスは底冷えするような音声で答えた。


『――北極点基地(エルドラド・ベース)()()爆発記録と酷似(こくじ)している』 

「え……?」


 空いた口が塞がらなかった。

 光点爆発。それは、北極点基地(エルドラド・ベース)で生じた爆発に命名された言葉だ。現代の科学だけでは説明がつかない、超強力な光を発して起きたのが北極点基地(エルドラド・ベース)での爆発事故である。

 そんなものと殆ど同じものが、今、目の前で起こっている。信じられなかった。

 混乱するミユキの耳には、鬼気(きぎ)迫ったアレンの叫び声が入ってくる。


『全員視界を最適化して目を閉じろ! 魔導盾(シールド)および氷盾(ひょうじゅん)を最大出力で展開!』


 その言葉で我に返り、ミユキは即座に意識を現実へと引き戻す。念の為に起動していた魔導盾(シールド)を強化し、氷盾(ひょうじゅん)を三枚がけで展開。レツィーナからラプラスを渡して貰って、胸の中で抱え込む。

 そして。それらの展開が終わったのとほぼ同時。

 ミユキたちの視界と聴覚を、圧倒的な密度の情報が押し潰した。

 あまりの衝撃に意識が遠くなり、漂白された視界が明滅を繰り返す。


『何とか堪えろ! 気を失ったら終わりだぞ!』


 ラプラスの切羽詰まった怒鳴り声を耳にしつつ、ミユキたちは何とか意識を保って魔導を維持する。魔導盾(シールド)の外は、真っ白な光の奔流(ほんりゅう)に包まれていて。外の状況は何も見えない。

 数秒後、極光の渦は嘘のように一瞬で消失した。

 そして。目に飛び込んできた光景に、一同は驚愕に目を見開く。


「なっ……!? なんだ……これ……!?」


 視界の先、海と大陸の境目にあったはずの〈ドーム〉は跡形もなく消え去っていた。

 そして。その代わりにいたのは、全高二〇〇メートルはあろうかという巨大な純白の異形だ。

 八枚の雄大な翼を上下左右ではばたかせ、その中央には()()()()のようなモノがつぶらな一つ目を湛えてじっとこちらを見つめている。けれど、その巨大な瞳には何らの反射も映ってはいない。そして。その異形の頭上には、王冠のごとき光の輪が浮かんでいた。

 周囲の状況をいち早く確認したユウキが、焦りのこもった声音で問う。


『ラプラス、核攻撃機隊は』


 しばし、間があいて。ラプラスは答える。


『……核攻撃機隊どころか、周囲三キロメートルに味方機の識別は一つも存在しない』

『なに……?』

『マジか!?』

『うそでしょ……!?』


 一同が驚愕に包まれる中、ミユキは信じられないといった心持ちで周囲を見渡す。

 空は相変わずの〈守護天使(ガーディアン)〉の白色で、けれども視界は黎明(れいめい)の薄暗さを保っている。

 そして。自分たちの周りには、航空隊どころか魔導士部隊や更には敵である〈天使〉でさえもが一様に消失していた。

 敵味方の区別なく消し去る大爆発に、〈ドーム〉の代わりに発生した超巨大な異形。それらの特徴は、ミユキの中にある一つの答えを導き出していた。

 ごくりと、唾を飲み込んで。ミユキはラプラスへと答えを迫る。


「……もしかして、こいつは」


 ラプラスは、少し躊躇うように言葉を詰まらせて。ゆっくりと、全員に聞こえるように告げた。


『識別結果は、〈熾天使(セラフィム)〉を示している』

「やっぱり、か」


 〈熾天使(セラフィム)〉。軍の危険度指数第一位を戴冠する超強力な〈天使〉にして、北極点基地(エルドラド・ベース)爆発事故の原因ともなった原初の〈天使〉である。


『……どうする、ユウキ』


 努めて冷静を保ちながら、アレンはユウキへと指示を仰ぐ。

 こういった非常事態下においては、新兵に過ぎないアレンたちよりも歴戦の経験があるユウキの方が適切な対応がとれるという判断だ。


『お前たちはまずは司令部に繋いで今後の指示を仰いでくれ。恐らく撤退だろうが、かといって私たちが勝手に下がれば潰走(かいそう)を誘発しかねない』 


 ユウキの指示に、アレンは『了解』と短く応答して。それから、彼との通信は一旦途切れた。続いて、レツィーナも部下たちに指示を出すべく通信を切断する。

 再び二人と一機だけになった通信の中で。ユウキの少し気を吐く声が響く。


『……さて。私たちはどうするか』


 現状、〈熾天使(セラフィム)〉が攻勢を仕掛けて来るような気配はない。だが、それが逆に怖かった。


「なにか、ほかに〈熾天使(セラフィム)〉に関するデータはないのか?」

『残念だが、〈熾天使(セラフィム)〉に関するデータは君たちが教科書で読んだ以上の情報はない』

『だろうな』


 冷淡に、ユウキが同調する。

 そもそも。共和国は北極点基地(エルドラド・ベース)で爆発四散した〈熾天使(セラフィム)〉以外は一体も把握していなかったのだ。会敵記録がないのだから、情報を集めようがない。


『では、今回が情報収集に絶好の機会というわけか』

「お前、何を言ってるんだ……!?」


 いきなり何を言い出すのか。驚愕に思わず声が大きくなる。


『この先、特に北極点基地(エルドラド・ベース)での戦闘では、ほぼ確実に〈熾天使(セラフィム)〉と相対することが予想されている。……今、ヤツの情報を掴むのが最善の未来へと繋がるはずだ』

「そうかもしんないけどさ! けど、こんな周りの援護も何もない場所で熾天使(あいつ)と戦うなんて、いくらなんでも無茶だ!」

『オレもミユキと同じ意見だ。ヤツの能力が一切不明な以上、貴重な戦力であるオレたちが無謀な情報収集はするべきではない』


 あくまでも落ち着いた声音で言うユウキに、ミユキとラプラスは真正面から反論する。そして。そんな問答をしている間にも、〈熾天使(セラフィム)〉は微動だにしない。

 ユウキの答えを待っていると、通信に一人増えた。


『ユウキ、ミユキ! 聞こえるか!』


 聞こえてきたのは、切羽詰まったアレンの声だ。『司令部は』とユウキが訊ねるのに、アレンは叫ぶように告げる。


『全軍即時撤退だ! お前たちも早く!』

『……了解した』


 それきり通信は途切れて、二人の間には微妙な沈黙の時間が訪れる。

 すると、突然彼女は無言で〈魔導銃(レーヴァテイン)〉を放り投げてきた。恐らく、先程ミユキが放り捨てたものだろう。それを受け取りながら、ミユキはユウキの微妙な笑みを見る。


『どうやら、情報収集はお預けのようだな』

「……」


 対して、ミユキは微妙な表情をつくるばかりで。彼女には何も言えなかった。


『時空情報と量子情報は偽装するが、相手はほとんど情報のない〈熾天使(セラフィム)〉だ。念のため煙幕で視認情報も隠蔽してから撤退した方がいいだろう』

「了解」『了解した』


 ラプラスの提言に答え、二人は煙幕魔導を起動する。白い煙はすぐに拡散し、二人の所在を覆い隠していく。そして。煙幕が十分に拡散しきって、撤退を開始しようとした――その時だった。


『【個は一へと(かえ)る。一は全へと(かえ)る。】』


「…………っ!?」


 脳内に直接入り込んで来るような不快な音に、奥底に眠っている本能が体の動きを止める。と同時に、視界と意識が異様な白色に漂白されていく感覚を覚えた。


『二人とも気をしっかり持て! 二度と戻って来れなくなるぞ!』 


 ラプラスの叫び声に、ミユキは薄らぐ意識を何とか保ち続ける。


『【一は全へと(かえ)る。全ては神に帰す】』


 脳内に繰り返し反響しているのは、〈熾天使(セラフィム)〉の発する(おぞ)ましい音だ。人々を同化し、光に変換してこの世界から消し去る音。


「ぐっ……!?」


 下唇を噛み切り、ミユキは今にも消えそうな意識を必死に押しとどめる。

 おれは、まだ死ねない。

 こんなところで、消えるわけにはいかない。


 ――おれはまだ、ユウキになにもできていない。


 自分は存在しているということを堅固な意志で貫き、〈天使〉の放つ安寧の誘惑を断ち切る。精神侵入を己の意志で拒否したミユキの瞳には、再び赤色の光が灯る。

 そして。その瞳に飛び込んできたのは、夜明けを告げる()()()()だった。


「〈守護天使(ガーディアン)〉が……!?」


 まさか、今の一瞬で空の〈守護天使(ガーディアン)〉を全て同化しきったというのか。


『クソッ! なんなんだこの侵入の速さは!?』

 

 通信機に届くのは、ラプラスの悲愴な叫び声だ。

 咄嗟にユウキのことだと気づき、ミユキは振り返る。

 目にした光景に、言葉を失った。


「なっ…………!?」


 そこに居たのは、全身を光の粒子に包まれたユウキの姿だった。

 彼女の双眸に光はなく、そこには異様な()()()が湛えられている。唯一、彼女の持つ〈魔導銃(レーヴァテイン)〉だけがその光から逃れられていた。

 体の端から光の粒子に消えていくのは、精神侵入の末期症状――同化によるものだ。


「ユウキ!!」 


 思わず、手を伸ばす。

 いやだ。

 おれはまだ、お前になにもできていない。

 やっと、お前と分かり合えたばっかりなのに。

 これからもっと、一緒に生きていきたいのに。

 なのに。こんなところで、いなくならないでくれ。

 虚ろな極彩色の瞳が、僅かにこちらを向く。


『ミ……、ユキ……』

「待て! いくなユウキ!」


 必死に叫び、彼女の手を握り締める。けれど、ユウキが光の粒と化していくのを止められない。両脚が光となって虚空に溶け、残った体が更に色味を失っていく。彼女の表情はただ虚ろで、何の感情も映してはいない。光に溶けかけた唇が、僅かに言葉を紡ぐ。


「す……まな、…………」


 そして。次の瞬間、ユウキは光となって盛大に砕け散った。


「っ――――!?」


 ミユキは声にならない悲鳴を上げる。

 いまさっきまで握っていた手は、そこにはない。不器用な笑みを浮かべるみどり色の双眸も、そこには何一つ残っていない。あるのは、彼女の持っていた一丁の〈魔導銃(レーヴァテイン)〉だけ。



 ――また、大切な人を守れなかった。



 後悔の感情が、ミユキの心を食い破る。脳裏に蘇るのは、五年前。妹が――キルシェが目の前で光と化して消えていく姿だ。

 ()()、見ているだけしかできなかった。

 力はあったはずなのに。守るための能力は持っていたはずなのに。なのに。また、喪ってしまった。

 涙が一雫、頬を滑り落ちる。心の中で、何かが壊れる音がした。

 流れ出る涙を拭い、ミユキはきっと〈熾天使(セラフィム)〉を睨みつける。


『……!? よせ、ミユキ! 撤退するんだ!』


 ラプラスの言葉は、耳を通り過ぎて意識の外へと流れ出ていく。焼き切れそうな頭の痛みは無視し、意識を集中。戦闘魔導の一時強化(ブースト)を呼び起こしていく。


【〈魔導剣(ダインスレイヴ)〉の出力を一〇〇〇%で設定。刀身延伸(えんしん)機能を二〇〇%で固定。余剰エネルギーを溶断率へと転化。――完了】

【戦闘適応処置機能を七〇〇%に一時強化(ブースト)

超加速(ブースト)起動】


 全ての準備を終え、再び〈熾天使(セラフィム)〉を真正面から睨み据える。

 剣を構え、〈熾天使(セラフィム)〉へと突撃を開始した――その時。


 ミユキの意識は、突然途切れた。

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