生活の痕跡をたどって2
次はようやく書斎を見つけた。おそらくここはリーデッヒのお父様の部屋。
多くの本が並んでいて、一部にカビが生えて白く粉を吹いたようになっている。
私は自分のハンカチを取り出して鼻口に当てた。時々ひどい匂いがする。あの悪魔の猫も、この部屋の中にはついて来ないみたい。どこまで私を追ってくるのかと思えば、さっき早々と引き返していったわ。
「はぁ。つまらないぐらい几帳面ね」
ぎっちりと詰め込まれた本が、全て種類を統一されていて、部数も一から順にきちんと並べられている。もちろん本の高さがバラバラということも許さないで。
程よく隙間のあるところを選び取って本を抜き出した。紙は古くなっていて茶色になっている。内容は横文字で綴られた文字ばっかりの本。何語で書かれているのかは、私が習った範囲では無いよう。
もう一冊。別の本棚から抜き取ったこっちは私でも読める文字だ。
「……人形学?」
知らない分野だわ。聞いたこともない。
人形の何を学ぶのかしら。頭を巡らせながら本棚の隙間を歩くと、その答えが突然現れた。
しっかりとプラスチックの壁が用意されている飾り棚。その中のいくつもの目と合う。
「なるほどね」
たくさんの人形が詰め込まれている。
可愛いものもあるけれど、基本は人間を模して作られたもののよう。決して、クマやウサギのような幼児向けのおもちゃの人形では無い。
作業机と、ここにも散らばった本。
人形制作における手引きや、人形劇の歴史書、コメディについてのレクチャー本などがそれだった。
これはおそらくリーデッヒの父親の生業。
リーデッヒ自身が人形に通じているという話は聞いたことがないけれど、彼のエンタメ性はきっとこの環境があって生まれたものなのね。リーデッヒのルーツなのよ。
また私は胸が昂った。
主に本に囲まれた部屋だけれど、人間を模した人形の他にも様々な雑貨が転がっていた。どこかの国で手に入れただろう不明の物も多々。
壁に絵もかけていた。
「これは……!」
子供の描いた絵もあった。
家族写真を飾らないところだけを見て、貧しいのかあるいは愛の無い家なのかと思いかけたけど、そうじゃ無かったんだわ。
家族の絵。
母親と父親と子供が並んだ幸せそうな絵じゃないの。
私は、その絵をよく見たくて手で掴んだだけに過ぎない。額縁に入れないで、テープだけで貼り付けた紙の絵は、あっけなくテープを切り裂いて壁から離れた。
疑うことなく裏を見た。
そこにひとりの男の子が描かれていたことなんて何も知らずに。
「ひっ……」
突然恐ろしくなる。
不意に私の手から離れた紙は、踊らずに真っ直ぐに床へと落ちる。
その瞬間を、いくつもの人形が目撃している。安いビーズのほか高価な本物の宝石をあつらえた光る眼で。
突然、ガタガタと窓が響く。
何者かが走り回っているかのように床が軋む。
不意に古びた紙が数枚床へ自ら落ちる。
不明の動作に私は目を向け、心臓が張り裂けそうなほどに鳴っていた。
早くここから出て行かなくちゃと心では思うのに、頭がまだ何かを得ようと期待をしている感覚。
私は足元に散らばった書類たちを拾い集めて元の場所へ戻す。上半身をもたげた人形も正しく立たせた。
何かあるはずなのよ。だってこれは、私に託された使命のはずだから。
私は探した。リーデッヒがどこかにいるはずだから。
「はぁ……はぁ……」
暑くも寒くもない部屋で私は汗をぬぐった。とある本棚が怪しかった。
「……あったわ。……はぁ」
よくある書斎の隠し部屋。お芝居のように巧妙な機械で動くようなものは実在しないけれど、これぐらいの演出ならできると思ったの。
あまりに詰め込まれた本は、その一角がダミーになっている。片っ端から触れてみれば、偽物の本の質感を当てられた。
本革よりも柔らかくなったものを一つ取り出そうとすると、それはこの本棚の留め具が外れる仕掛けがされているよう。
あとは力任せに本棚を押せば、その奥へと進むことが出来た。
「なんだ簡単ね。女ひとりでも開けられるなんて作り込みが甘いんじゃなくて?」
それから察しの良い私がこう言う。
「不潔な部屋じゃなければ良いけどね」
書斎の隠し部屋には、本棚と机、それからダブルベッドも用意されていた。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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