視線
ここがゲイン・リーデッヒのご実家ですって? 嘘でしょう? あまりにも見すぼらしい。二階建てというところが褒める点で精一杯というほど。
屋根の煉瓦は半分以上朽ち落ちて、そのせいで窓枠も二つ壊れているし。壁材も大きな穴を開けて中の素材が丸見えだし。こんなのじゃネズミも家に入り放題で、もっと大きなタヌキや犬だって入って来そう。
「うそうそ、絶対に違うわよ。こんな場所で誰かが生活できるはず無いもの」
一応扉に近づいてノックを。
「ひゃあっ!?」
ドアノブにトカゲが絡んでいた。私の影に驚いて自ら地面へと飛び降りたわ。
私の叫び声は森中にとどろき、しかし森が吸収したかのように一瞬で静寂に戻った。静かな森全体がまるで私の言動を見張っているみたいに感じる。誰かの視線のようにも。
怖くなって上や横を見た。さっきまで飛んでいたチョウが姿を消し、動物たちも顔を出さない。鳥の鳴き声も止んだのかしら。
「今すぐに帰りなされ」
「いやああっ!!」
また私は叫んでしまう。ここでは隠れていた鳥も驚いて羽ばたいた。
森が……家が、喋った!?
そんなわけがないし、後ろを振り返れば声の主は立っている。
「も、もう。ちょっとあなたね。タイミングっていうのがあるでしょう!?」
何度も出現する老人だ。不幸せを纏ったみたいに背中を丸めた姿でいて、奥の影の中に佇んでいたら死神にも思えるほど。
難しい顔をしてずっとずっと私のことを遠目に眺めているかと思ったら、今度はパッと目を放して何でもない場所を見つめているもんだから不思議で不快なのよ。
「……」
「……」
ったく。どこかへ消えて欲しいのに。まるで私の事を監視でもしているみたいね。
睨んでいるのをやめて、私はドアノブの方を向きなおした。これを勢いで掴んで回してみると……やっぱり鍵がかかっていそうね。サビで回らないのとは違うんじゃないかしら。
一階の窓も閉まっているのを確認し、壁の大穴から身を捩じ込ませられないかと試す私。
穴の大きさは動物にとってはなんてこと無いだろうけど、私にはスカートの泥をはたかせる嫌味な大きさだった。
じゃああとは上の壊れた窓から……。どこかからよじ登って中に入らなくちゃならないの? 結構大変じゃない……。
ここまでずっと視線が邪魔になっていてイライラしだす。
「……あのね。そんなに気になるんだったら警察でも呼べば?」
田舎の老人になんて構ってられないのよ。
ひとまず私は、窓から入り込む方法を先送りし、家の裏も少し覗いてみることにした……。
「はぁ。嫌ね」
嬉しいことに裏扉が見えるわ。試してみたいけど、そこは完全に森の影になっていて草や虫が絡み付いている場所だった。
「ふぅ……。だから何よ。何のためにこんな僻地まで来たと思ってるの」
リーデッヒのため。私がリーデッヒを守らなくちゃでしょう?
自分を奮い立たせて……だけど瞼はぎゅっと寄せて薄目にしたい。私はドアノブだけが若干見える状態で背高草を掻き分けた。私が進むことで何かが足元を駆け抜けようと、何かが胸の位置で羽ばたこうと見えないふりをして一心にドアノブを握る。
「はぁ……ダメかぁ」
戻りは急ぎ足。
再び日向に戻ってきた途端、体のあちこちが不快になる。
キャーキャー言いながら帽子を取って髪を掻き上げて、衣服のあちこちを叩いている女。それはさぞ見物でしょうね。
「何なのよ!」
老人がまだ立っているじゃないの。
「私は帰らないわ! 誰に何を言われようと、私は私の使命を貫くって決めているんだから!」
こうなったら。
井戸の名残りから大きめの岩を持ち上げた。
「窓を割ってでも私は中に入るわ」
薄々気付いていたけれど。こんなボロ屋に誰かが住んでいるわけがないんだもの。だったらわざわざ二階の壊れた窓から入らなくたって、力づくである物を壊して潜入したって構わないじゃない。
大きく振りかぶって投げようと試みた。だけど持ち上げた岩が思ったよりも重くって、両手で振りかぶった反動が後ろに体重が持っていかれた。
「あっ!?」
こけるまではいかなくて、しかし岩は土の上にトンと落ちる。
「……」
そんな様子を笑ってくれればむしろ良いのに。
「……無理だ。直ちに帰りなさい」
「もう! 帰らないって言ってるでしょ!? その気があるなら警察を呼んで! そうじゃないならさっさとあっちに行ってよ!」
もう一度。小さな石でも良いから尖ったものでガラスを破れば良いわ。
土の地面には見当たらないからやっぱり井戸の残骸よね。足元を見ながら石を探している。
「君がここで出来ることは何もない」
「……」
なによ。
どいつこいつも……! 私のことを舐めているんだわ。
すると、向こうで靴が動く音がした。顔を上げてみれば、ようやくあの老人が消えてくれるようだ。私に酷いことを言った謝罪の言葉は無いけれど。黙ってどっかに行ってくれるからもうそれでいいわ。
私は汗を拭う。ついでに笑みも少しこぼれるわ。
「ふぅ……当然よ。一体誰に向かって説教垂れて……ん?」
老人の後ろに朽ちたシーソーの残骸がある。そこに、キラリと光るのは金色のスプーンに似ているけれど。
近づいてみたら、それは鍵だとすぐに分かった。
「ねえ、忘れ物……って、もう居ないか」
届ける義理なんて無いし。
さて石を探さなきゃと思って、このボロ屋を振り返るわけだけど。もしかしたら……と、何かの予感が私を突き動かした。
ドアへ真っ直ぐ歩いて行って鍵穴を見つけるのもすぐよ。防犯か遊び心か小細工した扉なんでしょうけど、ゆるく釘で打ちつけた丸い板をくるりと回せば、そこに隠してあった鍵穴が登場する。
何の確信だか分からない。だけど開くと思った。
「……やっぱり」
鍵が回る。扉の枠が錆びついていたけれど、何度か押しさえすればサビが剥がれてドアは自由になった。
あの老人も家屋も観念したのね。もう私を主人と認めたみたいにドア自身も自ら少し開くようだ。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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