リーデッヒのご実家はどこ?
小旅行にしては荷物が軽すぎて変な感じがする。車や船じゃなくて荷馬車での移動というのも、まるで別世界のようだわ。
「ニューリアンっていう国を知ってるか?」
乗せてくれている運転手が私に言った。私は夏帽子の隙間から広大な田舎景色を見つつ「名前だけ知ってる」とだけ素直に答えた。
運転手は続けた。
「エルサ地方にあるニューリアンって王国はまだ馬車で生活しているらしいぞ。テレビもラジオも無くて、旅人の噂話と数日遅れの新聞で情報を得てるって話だ。ガスコンロも冷蔵庫も無いってさ。神へのお祈りと火を炊くことで一日が過ぎるようだよ」
面白がって大声で笑って話されているけれど。私にとってはこれから向かう場所も同じようなところだと思っている。だって実際今も馬車を交通手段にしているわけだし。
「お嬢さんは街のご令嬢なんだろう?」
「ええ、まあ」
「そんで恋人が舞台俳優か。いいね~。俺もそんな人生歩んでみたかったってなもんだ」
「……」
気軽に話しかけて来るこの運転手が鬱陶しいわ……。
そろそろ私から「黙ってちょうだい」と言い出す手前、おしゃべりな運転手は自分の用のために馬車を本筋から外すらしかった。
「悪いねここまでだ。お嬢さんの方角はあっちだよ」
「分かったわ」
私はカバンから幾枚か紙幣を取り出して運転手へ手渡す。運転手は紙幣に手を伸ばして受け取った。それだけでよかったのに私の夏帽子を急に取り上げたから驚きだった。
「ちょっと何するのよ」
「お嬢さんさ。もっと笑った方がいいぜ?」
「は……?」
「さっきからずっと怖い顔してるからな。そんなじゃ恋人に逃げられちゃうぞ」
夏帽子を頭の上に返される。適当に乗せられた帽子じゃ心地悪く、私は急いで帽子をかぶり直した。
ニッと歯を見せて笑いかけたお節介な運転手の顔も一瞬見えたけれど。帽子のつばで隠して見ない。私は進むべき方角へと足を向けることにするわ。
農家のための小道をひた歩き、崩れた神殿の奥に村の入り口があるよう。
あった! これだわ! なんて確信するにはあまりにも不十分なもの。客人を歓迎するゲートも無いし露店だって出ていない。ただ小さな看板がひとつ立っているだけだった。
それに。知り合いには「村がある」と聞いて来たんだけど、ここはただ農家が集まっているだけ。まばらに散らばる廃墟みたいな建物を眺めて、とても人が集まって生活しているだなんて考えられないわね。
「ねえちょっと」
私はやっと見かけた住民に問いかけた。
「ゲイン・リーデッヒのご実家があると思うんだけど」
住民は厳しい顔のまま私をじっと見た。
「……リーデッヒ」
一瞬、眉を上げてそう口にしたから、不愛想なだけで話が通じそうねと私は勝ち気でいた。しかしこの人物が私に何か手伝ってくれるのかと思えば、やがて失礼にも私に溜め息をついてきたわ。
部外者には口も聞きたく無いのか、住民はとある方向へ指を向けただけで返事をしたよう。あとはバケツをもって屋内へと扉を閉めてしまった。
「何よ。不親切ね」
だから郊外って嫌いなのよ。普段人と関わらないからあんなに無口なんだわ。
イラついて歩いていると、うっかり足を挫きそうになる。
「もうっ」
雨が降っていたのかもしれない。土を固めただけの道では、その上を歩いた馬や車輪の跡をくっきり残して固まっていた。それが歩きにくいったら、もう。
苦労している私のことをぼんやり眺める男がいる。鼻の下を伸ばしてポッカリ口をあけ、惚れ惚れしてる暇があるんなら手伝いなさいよ。
私はその男を呼び寄せて、私の埋まったヒールを抜け出させた。「ありがと、はい」と、多めのお札を渡して、それから尋ねた。
「ねえ、ゲイン・リーデッヒのご実家はあれ?」
離れたところに一軒の家が立っている。この辺りの農家の家にしては多少は立派な建物だったからそう思った。
「いいえ、あれは僕の家です。ゲインさんの家は……案内しますよ」
「そう。気が利くじゃない」
手間取らずに済んだわ。私はスカートのすそを持ち上げながら、よいしょよいしょと彼の後ろに付いて行く。
幸運な事に、この案内人の男は自語りするような性格じゃなく、私に要らないお節介もかけなかった。だから歩きながら聞きたいことは全部私から言えた。
家族構成は?
彼はいくつから家を出たの?
どんな幼少期だった?
それから、私の他に誰かがここに尋ねてきたことがある?
「いいえ、ありません。あなたが初めてです」
「へえ……そう。みんな意外と薄情なのね……」
私は独り言として呟いた。
案内人の年齢的にリーデッヒの幼少期を語らせることは出来なかったのは残念だけど……まあそれは、家に着いてから住民に聞けばいいわね。
「ここですよ」
「……ここ?」
鬱蒼と茂る森が背景に……いいえ。もう半分ほど森に侵食された家が、リーデッヒのご実家ですって?
夏の陽が当たる場所は雑草が勢いよく伸び、陰のところは今にも何かが動き出しそうなほど。物を飲み込んで絡みつく蔦がとても物騒だわ。
ふと、人が歩く音がした。
こんな倒壊寸前の家屋に人が住んでいたのね。私はなにか安心して振り返ったけれど、その人物はさっき村の入り口で出会った不親切な住民で、相変わらず難しい顔を貼り付けて歩き回っている。
「まさか、あなたがリーデッヒの父親なの?」
だったらご挨拶をしないと。でもその住民……歳は確かに成人した子供がいてもおかしくないくらいだけど、私の言葉には何も返事をしないでどこかへ行って消えてしまうんだから。どうやら私の勘違いのようね。
まあ、その方が良いわ。年寄りと話すのが一番めんどくさいから。
それよりも私はこの若い方を振り返った。
「ねえ、本当にここで合ってる?」
若者の案内人。すぐ隣に立っているんだから私の声が聞こえているだろうに。
「……」
意味深だったさっきの老人の背中をぼーっと見つめて。一体何なの?
「ねえってば、ちょっと?」
「あっ。すみません。僕はもう行かなくちゃ」
「は!? 嘘でしょ!? 私をこんなところに置いてくつもり!?」
すると案内人はさっきの老人を追いかけて小走りに行ってしまう。
もちろん呼び止めた。すると案内人は一度足を止めて私を振り返ったわ。やっぱり私をひとりにするのは違うと心を入れ替えたのかと……。
「夜になる前にはこの村を出てください。ここには宿も食堂もありませんので」
ぺこりと頭を下げてから、案内人もまたどこかへ走り去ってしまった。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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