5人の女たち3
「グラニータ! ファールーデ! ソルベ! ドンドゥルマ!」
この場の四人全員の名前を呼ぶ明るい声。
それを聞いて嫌な思いがしたのは私だけじゃないみたい。
新たな女性がこっちに来るのをみんな知らん顔をした。私もリーデッヒがまだ会場から出てこないのかと、ロビー内の大時計を見ようとしていた。しかしその方向で、今まさに私たちを呼びかけた人物と目が合ってしまう。
おーい! と、女性は手を振ってここへ駆けつけた。
「リーデッヒは? ねえね、リーデッヒはまだ出て来ていない?」
その親密そうな言葉掛けに無視を徹底する人もいて。だけど返事にはファールーデが頷いて返したよう。私は黙って他所を向いている。
「えー、そっかぁ。でも待っていれば出てくるわよね。ねえね、それよりも私たちみんな同じ色! 見て見て! 姉妹みたいね!」
彼女はクルフィ。やっぱり私たちと同じピシタチオの色したワンピースを着ている。ここまで同じ色が揃ってしまうなんて。これならソルベみたいに流行りの色を避けた方が目立ったかもしれないわね……。
クルフィは、動くごとに彼女から独特の香りが振りまかれた。匂いは鼻をこそばして、ファールーデのくしゃみを誘っている。ソルベが利口にハンカチで鼻を覆う。
次にクルフィは、動くたびに大きめの首飾りをジャラジャラ鳴らしていた。これに対して「うるさいわね」とドンドゥルマがしれっと言ったのが私には聞こえた。
だけど一切も周囲を気にしないクルフィ。
「私ね、週末あなたたちに会えるのを楽しみにしていたの! だから嬉しいわ! そうだ! この後みんなでレストランに行かない? 色んな話をしたいの!」
この積極的なところも少し苦手。いや、少しどころかすごく。
「ごめんなさいね。夫を待たせてあるから。食事はまた今度にしようかしら」
「そっかぁ~。ねえね旦那さんはどこ? 私、ひと目見てみたいわ!」
クルフィはキョロキョロと周りを伺う。
「き、きっと外ね。彼は車で待っていると思うから」
「旦那さんは送迎担当なの? 良いなぁ~」
声が大きいわ。もれなく反応も。
あまり、旦那旦那と言わないで欲しい。リーデッヒのスプーンを求めるにあたり、既婚者であることは何だかタブーめいていて気が重かった。
こうして大声をあげること、例えば同じ事をファールーデがするなら少し陰湿な気がするけれど、クルフィの場合はよく分からない。
クルフィとの再会はただの災難として知らん顔に徹していた。だけどクルフィは再会を喜んで順々に話のタブーを広げていった。
「ねえ! 再来年のリーデッヒの公演は観に来るわよね? あの名演目『エヴァーアイリス』すっごく楽しみ! ねっ、ファールーデもすごく楽しみにしていたでしょう?」
「え……ああ、うん……」
ファールーデのお家の財力を知っていて、よくそんなことを言えるわね……。
さあ、ここで突然の暗転。ロビーの電気が落とされてもランプシェードは点いたまま。となれば、これは停電では無くて演出だと分かって皆が騒いだ。
私は誰かに引っ張られた。その誰かは、ドンドゥルマが言い当てている。
「ちょっと! 引っ付かないで! あなたの匂いが嫌いなの!」
匂いの主。クルフィが皆を引き寄せたのだった。ソルベとファールーデのことも引き寄せた。
決して友人なんかではない。同じ色を身に付けていても姉妹なんかと同じにされたくない。そんな五人が揃う。
唯一無二のプライドが高いドンドゥルマ。
サッパリした性格で賢いソルベ。
控えめだけど保守的とは言えないファールーデ。
主張の強さに気付いていないクルフィ。
そして私、グラニータはどう思われているんだろう。
「これで誰がアイススプーンを受け取っても恨みっこなしね!」
クルフィが言うが、賛同者はもちろん誰もいない。気遣いをするファールーデでさえ「うん」とは頷かない。
ドンドゥルマとソルベがほとんど同時にクルフィの腕を振り切り、さようならと去っていくところだった。
「あの、お嬢さん」
待ち侘びていた声がかかった。
あんなにバラバラな五人でも「はい!」と声を出して振り返るのは同時だった。
「……こんなことってありえるかしら」
私は受け取ったものを見ながら嘆いていた。
「ありえないわ。絶対におかしいじゃない」
ドンドゥルマは怒っていた。
ソルベとファールーデは声が出ないのか黙ったままで、クルフィだけは嬉しそうに飛び跳ねて。
「綺麗なスプーンね!」
劇場の光を跳ね返してキラリと輝く金色のアイススプーン。てっきりリーデッヒから直接渡されるものだと思ったその物が、ここで待ちわびていた全ての淑女や婦人の手に、スタッフから行き渡ることになるなんて。
これじゃまるで特典だわ。どこを見回しても、みんな同じ形をしたスプーンが握られている。
ドンドゥルマはさらに怒っている。
「ひとつだから欲しいんじゃないの……。リーデッヒに渡されるひとつだけのスプーンだから意味があるのに。劇場のチケットと同じなんて嫌よ!」
彼女の嘆きはよく分かる。きっとこの劇場にいる全ての人が思っているわ。
嫌らしいのはスプーンに添えた小さな手紙。筆跡はリーデッヒ直筆のようだけど、これは印刷であって、もちろん全員の手の中にある。
『このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!』それから小さな文字で『今日はありがとうございました』だった。礼儀正しいというよりも仰々しい言葉で事務的だ。
納得のいかない淑女が、スプーンを配ったスタッフに問い詰めている。その回答は私の耳にも入ってきた。
「リーデッヒは、どなたにも平等の想いを送りたいとのことですので」だ、そうだ。
「ふんっ、話にならないわね」
ソルベにも聞こえたのか言い出した。
「結局、誰かが特別だと私たちが怒るからこうなるのよ。……あなたみたいに怒りっぽい女性がいると、辛い思いをする人が増えるわね」
この冷ややかな言い草は、私たちの話の輪の中のひとりに向けられたもの。
「なっ! どうして私を見て言うのよ!」
「ドンドゥルマ、怒りを鎮めて」
私が彼女を抑えると、あろうことか巻き込まれてしまった。
「グラニータ! あなただってこんなの許せないでしょう!? それともあなたには愛する夫がいるから関係ないって思っているわけ!?」
「えっ!? 夫は関係ないし、私は……特に……」
言葉を選んでいる時間をドンドゥルマは待ってくれない。
「もういいわ。直接会ってくる」
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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