穏やかな一時
冷えたグラスをテーブルに置いたソルベ。彼女はひとつため息を付いてから言った。
「ねえ、ファールーデ。ネズミといえばあまり良い印象が少ないのは知っているはずよね? 病原菌をばら撒くことだってあるんだから」
言ってからチラッとドンドゥルマを見るから、二人の口論の熱は決して冷え固まったものではない。
「何なのよ! 私は病気じゃないって言ってるでしょ!?」
また立ち上がって口争いを始めてしまいそう。
「お、落ち着いて。ネズミの危険性は知っているけど違うのよ。素早い白ネズミよりもっと大きいし、毛も長いし褐色で可愛いの!」
「……!?」
か……可愛い? と、みんなは首を傾げた。
それから「あっ!」と言った。
同時に違う言葉をみんなが言ったからよく聞こえない。
私以外の四人が顔を見合わせて、なんて言ったのかを順々に言いましょうとなる。
「ヌートリアじゃない?」と、ソルベ。
「ウォンバットね!」と、クルフィ。
「マーモットのこと?」と、グラニータ。
「カピパラだわ!」と、ドンドゥルマ。
思いがけず推理は続いている。この話題はみんなの興味を引くものだったのかしら。
「そのネズミって水辺に居たんでしょう?」という問いが上がった。
「ええ、そうよ」
するとソルベが得意げに鼻を高くした。
「だったらやっぱりヌートリアよ。間違いないわね。うちでもよく川辺をスイスイ泳いでいるから」
「泳ぐ……? とは、違うような……」
私がいつも見ていたネズミは泳ぐという仕草はあまりしない。
「じゃあカピパラね」
ドンドゥルマが割り入った。
「水辺にいるネズミならカピパラも居るのを忘れないで欲しいわ。カピパラはとっても利口な生き物で水にじっと浸かりながら体力を温存して過ごせるのよ」
「へえ! そうなのね! 確かにそれだとカピバラだったかもしれない」
「でしょ? あと、カピバラじゃなくってカピパラ」
温厚な生き物らしい。だとしたら私が捕まえた生き物とピッタリだ。しかしクルフィが唸っていた。
「でもカピパラの大きさって大きいと思うけど? ネズミと見間違うのは無理なんじゃないかしら?」
手で大きさを示している。抱き抱えるような仕草だから、確かにネズミというよりは大きな豚のよう。
「……子供だったのよ」
ドンドゥルマは苦し紛れにコーヒーを飲んだ。だけど少し苦かったみたい。お水を含んで口の中を和ませている。
考え込んでくれていたクルフィが私の肩をバシバシと叩いて声を弾ませた。
「ねえねえ! うんちは四角じゃなかった!?」
「……」
「……」
「……」
「……」
一同は黙った。
クルフィは、まさか皆に聞こえなかったのかと思ってか、もう一度口を開こうとした。
それをグラニータが手で覆った。
「ね、ねえ。ファールーデ。マーモットなら見た目も大きめのネズミそのものよ。一応リスの仲間ではあるらしいけれど。うちの近くでよく鳴いているのよ」
「鳴くの?」
「ええ、ピーピーって笛を鳴らしたようだわ」
「……うーん。鳴き声は聞いたことが無いわね」
それから静かになったのは誰かの発言のせいじゃなく。答えが出ないから誰も喋れなくなっているだけ。
ドンドゥルマはコーヒーを眺めながら興味なさそうに言う。
「一応聞くけど、四角くは無いんでしょう?」
みんなの眉間が瞬時にピクリと動くけど。肝心の『何が』は伏せてあるから大丈夫。
「た、たぶん四角くは無いはず。……あんまり見ていないけど」
「じゃあどんな特徴があるのよ?」
「ええっと……大きめのネズミで、褐色の毛色で、耳が短くって」
「それじゃ全部当てはまるじゃない」
「ううっ……」
肩を落としてしまう私に、優しく手を添えてくれたのは一番遠い席に座っているクルフィ。わざわざドンドゥルマが角砂糖を追加する腕を阻害してまで私に寄り添ってくれた。
「ねえ! やっぱり四角いうんちだったのよ!!」
「もう! クルフィ! やめなさいってば!」
グラニータが周囲を気にしている。
ドンドゥルマは四角い角砂糖を取るのをやめたみたい。ソルベがそれをしっかり見ていて小馬鹿にして笑っていた。
そこへ店員さんが現れる。誰かが飲み物の注文をしたわけじゃない。お店でする話題じゃないことを聞かれ、すぐに店を出るようにと注意される可能性の方が高いわ。
「マダム・ドンドゥルマ。お電話ですがいかがなさいますか」
要件はドンドゥルマにのみあったようだ。
ドンドゥルマは少し誇らしげな顔を作ってから席を立った。
私は、みんなが協力して考え抜いてくれたヒントに照らし合わせ、ネズミの正体を探している。
あのネズミは、なんだか常にニッコリ笑っているような顔つきですごく可愛いの。もしかしてネズミの種類とは違う生き物なのかしら……。
ソルベに「ぼーっとしていないで」と言われるまで私はずっと考えていた。
テーブルでは別の話題になっていたみたい。グラニータが私に言う。
「はぁ。ありがとうファールーデ。あなたが気を利かせて話を逸らせてくれて良かったわ」
シャンパンを飲み干したソルベも続いて言った。
「ただ収集が付かなくなっただけじゃない。誰もネズミの種類なんて興味は無いのよ。勘違いしないことね」
「あ……うん。分かってる……」
はしゃいでいると思っていたクルフィも、今は無言になって口紅を直している。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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