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長編版5人の女たち【長編・連載中】  作者: 草壁なつ帆
第二幕 ドンドゥルマ(視点:ドンドゥルマ)
10/20

あなたの居場所

 ゲイン・ジョフリーの手記より。

 彼は有名になれなかった人形師だ。よくある街の子供たちを楽しませるための遊びならば可愛げがあるが。娯楽のために人形劇を使い、かつ『有名になれない』とあれば生業は可愛げが無い。

 知り合いの紹介により、若い娼婦に向けて彼は人形劇を披露するようになった。演劇内容は娼婦たちが求めるものが多かったようで、男女関係による純愛、はたまた溺れるような恋愛劇、駆け落ち、心中……。

 心境についてはゲイン・ジョフリーの手記にこのように書いてある。

『女たちは常々求めている。確かな愛を求めるかのように見せて、実際は己への確信を求めているのだ。女は不確かであり、よく揺れている。愛する男の胸に抱かれ健やかに眠るその夜にも、そっと目を開けてこの愛の真実を得ようと必死である。例え男の愛が真実であろうとも、女たちは死ぬまで確信を求め続ける。実に哀れな生物だ』


 私はその手記を持ち出して、再びゲイン・リーデッヒの部屋に戻った。だけど、それは間違っていたのだ。彼の部屋では無いんだと今になって気付いた。

 手記には人形や演劇についての殴り書きが多い中、家族や息子のことについても少しは触れている。

『二人の息子を同時に可愛がることは無理だ』

 そう、はっきりと書いてあったのが悔しい。腸が煮えかえりそうなほどだった。

 リーデッヒの部屋だと思っていた場所は、まさにリーデッヒの兄弟のものに過ぎなく、ではリーデッヒの部屋はどこにあるのか。無いのか。

 あの絵のように、幸せそうな家族の裏側にきっとリーデッヒが居るはずなのよ。

「ニャーン」

 先に猫が確かめて来たと言うかのように、クローゼットの上から飛び降りてきた。

 私も手記を読んでから、上の方を眺めて探していたから特に驚きはしなかったわ。

「身軽なのは良いけど。階段を使いなさいよ」

「ニャー?」

「……もう。いいわ」

 猫が階段の場所を教えてくれたらいいのに。でももういちいち家中を探し回るのも手間。

 いま猫が下りて来たところを目指して、私は机に乗りあがって、クローゼットに手をかけた。

 本棚を動かすのは楽々だったけど、腕の力を頼りに上へ上るのはとてもしんどい。

 それでもどうにかクローゼットの上に乗りあげ、天井の空いた穴から顔を出す。

 ネズミと鉢合わせしたらどうしようかしら、そんな甘いことを考える必要はない。だってそこが、リーデッヒの部屋なんだから。

「リーデッヒ? ……居るんでしょ? 迎えに来たわ」

 よいしょ、と身を乗り上げた。落ちた天井から日の光が差していて、屋根裏部屋とはいえ十分に明るかった。

「ねえ、居ないの? リーデッヒ?」

 返事は無い。

 リーデッヒは居ない。

 ただ、彼の抜け殻のように、生活の痕跡がひとまとめに残っているだけだ。

「もう行ってしまったのね、リーデッヒ……」

 古い本をまとめてベッドにしてあるところ。薄いシーツだけで寒い冬を過ごしたのでしょうね。

 私もそこへ横になってみるけれど、本の高さがまちまちで寝心地は酷いものよ。

 寝転がって見える壁にはポスターをかけてある。リーデッヒは毎晩あれを見ていたのかしら。観劇のチラシやポスター。その中にはお父様の人形劇のものもあるのね。

 眠る前にそれを眺めて彼は一体何を思っていたのかしら。どんな野心が芽生えたのかしら。

「リーデッヒ。会いたいわ」

 目を閉じて、彼の華々しい姿を描いた。

 誰もを魅了する舞台俳優の彼が、こんな屋根裏でひとり、どうやって過ごしたの。


 薄目を開けると、明るかった部屋は青白いものになっている。

 森のフクロウでも降りてきて、どこか屋根の上に乗って鳴いているんだわ。

 フクロウが歩く音が、まるで私のところに誰かが歩いてくるみたいに思えた。当然、目の前には誰も居ないんだけど、そうきっと思いたかった。

「……」

 リーデッヒ。と、心で呼んだ。

 呼びかけに答えるかのように足音が近づいて来てくれた。

 シーツを嗅ぐと、古い本の香りが染みついているのが分かる。その奥でかすかに幼い少年の気配を嗅ぎ取れた。

 あなたの居場所を見つけた。

 だけどあなたは居ない。

「会いに行くわ。必ず、行くわ」

 私は彼を想って撫でた。ドレスの質感とシーツの質感が全然違うもので戸惑ってしまうけど、今のリーデッヒが、このドレスの似合う場所に居ればいいとただ願っている。

 その時、金物が床に落ちる音がした。

 また私に何か伝えようとしているのかと、少しこの身を持ち上げてみた。

「あ……。そうね、そうだったわ……」

 キラリと光る虹色の輝き。

 彼がくれたスプーンを拾い上げ、私は頬ずりをする。ひんやりと冷たくて、だけどしばらくしたら温かくなる。

 リーデッヒは私に託したのだ。だから私は彼に答えたい。

 ふと夕食の香りが鼻についた。私のお腹も音を立てて空腹を訴えた。

 小さく丸くなり、スプーンを離さず、もうひと眠りすれば空腹も紛れるはずよ。

「大丈夫。私はここにいる。あなたのところへも、もうすぐだから」

 食器が当たって鳴る音、家族の会話、移動し衣服のこすれる音。

 全てを感じ取りながら、私はこの屋根裏部屋で夜を明かした。


(((次話は来週月曜17時に投稿します


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