5人の女たち1
<プロローグ>
カーテンコールが鳴り響く。紳士も淑女も席を立ち上がり、演者たちをもう一度目に焼き付けたく喝采を聞かせている。
彼らに応えて大きく真っ赤な幕が上がると、順々に演者たちが再登場した。
ヒロインの父を演じたリデル・バーグ。主役の友人を演じたジェイキン・カルディー。キーパーソンとなる孤独の少女ミザリーを演じたリピト・エリンは歌劇団に入って初公演だったが、初とは思えないほど観客全員を虜にした。
エリンの登場に大きな拍手が起こり、その高揚の中に今回の海外演目『ミザリーの魔法のスプーン』を本国版でアレンジをした監督フィーザー・マンデスを迎える。
両脇には、主役とヒロイン役が並んでいた。
ヒロイン役はヴィクセン・ハンス。
そして、主役はゲイン・リーデッヒ。
特に、主役が登場した途端の会場の熱気は、爆発したかのように熱くなった。彼の演技力や整った顔立ちによって人気が高いのも理由にあるが、ここでは彼の手の握られている金色のスプーンが淑女たちを囃し立てている。
拍手を送り、声を浴びせ、愛を叫んでいる。
すると主役リーデッヒのマイクに電源が入ったらしい。
「ありがとう! このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!」
監督フィーザーが手掛けた名セリフを聞かせた。劇中、ヒロインとの大事なシーンで使われたリーデッヒのセリフだった。
歌劇団の看板役者リーデッヒに近付きたい。
あのスプーンを受け取るのは私だ。
そう、淑女たちは幕が下がり切るまで密かに闘志を燃やしていることだろう……。
<第一幕 アイスクリームスプーン>
熱気を冷やしてくれるようにロビーには空調がよく効いている。
私はどこかに座りたかったけれど、待ち人用のソファーもベンチももう人で埋まってしまっていた。
何度も通っている劇場ホールでも、リーデッヒが出演する時間帯だけ、まるで全てを取り替えたみたいに違って見える。劇が終わったら付近のレストランが満席になるのが普通だったけど、特に今日の劇終わりはそうならないらしい。
「グラニータ?」
私の名前が呼ばれた。夫のものかと思い、私は慌てて振り返ったけれど。声は女性でタバコ屋の方でもなかった。
わざわざマイナーな演目を好んで観に来る友人は少ない。でも、リーデッヒ目当てということなら、この場限りの顔見知りが何人かいる。
「まあ、ドンドゥルマ。こんにちは」
「こんにちは。お元気そうね」
人混みを掻き分けながらわざわざ私を見つけて来たみたい。その目的は分かっている。
「グラニータ。夫持ちのあなたがこんなところで遊んでいて良いのかしら?」
そう。嫌味を言いにきたのだ。
あるいはドンドゥルマが自身の真っ赤なドレスをひらひらさせ、私やその周りの女性に見せつけて来たのもある。そうする理由はただひとつ。
「夫婦でひとつのスプーンじゃ足りなくありません? 付近のレストランでしたらちゃんとお二人分のスプーンを出して下さるわよ?」
つまるところ。リーデッヒは私に例の『特別なスプーン』を渡さないと言って、けん制している。しかしそう言うドンドゥルマに何の権利があるわけでもない。
リーデッヒは、未婚、既婚、構わずこの劇場に招いた全ての女性にチャンスがあると言ったのだから。
私は気を立てたまま答えた。
「お気遣いどうもありがとう。でも大丈夫なの。夫は甘いものが苦手ですから、食後のデザートはひとつしか頼まないので」
嘘なんかじゃないわ。本当に夫はデザートを頼まないもの。
自信の揺れは顔にも現れるものだけど、今回はどうやら私の方が優ったようね。ドンドゥルマは気に入らないことがあると、歯を噛み締めて右の頬にえくぼを作る。今のように。
お互いに冷ややかな睨み合いが続くと、急にふと彼女のえくぼが消えた。
「少し冷えますわね」
露出した肩をさするドンドゥルマ。すると腰に巻きつけてあった緑色のスカーフを広げてその肩に掛け始めた。それも私に見せつけてのことだった。なにせ私だって、緑色のドレスで着たのだから色被りをしている。
えくぼを作らないドンドゥルマが穏やかに言う。
「流行っていますものね、この色。でもご存知かしら。染料に使うピシタチオの実は、うちの会社が生産量一番なのよね」
やれやれと首を振られてしまう。事業もこう不景気だと参ってくるわと、私に言い聞かせてくる。これもまた、平民である私への当てつけで、彼女のプライドをかざしたものだ。
「世界的に見て生産量、第三位よね?」
「……!!」
素早く言い返せたのは私じゃない。別の女性だった。
(((次話は来週月曜17時に投稿します
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