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不可解に相次ぐ事件(sideライセル)

このお話はBLです。

苦手な方はご注意ください。

 森の奥深く、さっきまで心地よく吹いていた風が止んだ。葉音が止めば辺りは静寂に包まれる。

 ふと不安になって、女は足許ばかりに気を取られていた視線を上げた。

 晴れているにも関わらず、辺りはみるみる濃い霧に覆われていく。

「困ったわ。これじゃあ帰る方角を見失ってしまう」

 女は呟いた。急いで街へ帰らなければ……けれども霧はみるみる視界を奪っていく。

 手探りに進んでいると「どうかされましたか」ふわりと誰かに肩を抱かれ、甘い花の香りが鼻をくすぐった。

 振り返り、よく目を凝らして見れば、そこに立っていたのはこの世のものとは思えないほど美しい男性だった。

 透き通るようなスカイブルーの眸に、珍しい漆黒の長い髪、頬に無駄な肉はなく、女が憧れるほど白く陶器のような肌をしている。

 その顔をぐいと寄せられ見詰められ、女は紅潮し、肩を竦めた。この瞬間すでに女の心は奪われていた。

「貴方、お名前は?」訊ねられ、女は緊張のあまり上擦った声で「オリバーです」と答えた。男性は眸を細めてにっこりと微笑む。

「オリバーさんは何故、こんな森の奥に?」

「道に迷ってしまったのです」

「なるほど」とその男性は言った。

「実は、僕もなんです。急な濃霧で方角が分からなくなってしまいました。彷徨い歩いているうちに、ここへ。心細くて不安になっていましたが、僕が何故こんなふうに森で迷ってしまったのか、たった今分かりました。きっと、貴方と出会うためだったんだ」

 男性はオリバーの手をそっと掬い、甲にキスを落とす。

「僕はフェノス。フェノス・アークヴェール」

「フェノス……。私も、まさかこんな所で運命の出会いがあるとは夢にも思いませんでした」

「運命? そうだ、まさにこれは運命。僕は運がいい。今日、迷ったのも貴方と出会ったのも偶然とは思えない。きっと神様が最初から仕込んでいたんだ。僕たちが運命の出会いを果たすよう、仕向けた」

「悪戯な神様だこと」

 オリバーは照れ臭くて笑ってしまう。するとフェノスは眉根を下げ憂いた表情をした。

「嫌だった? 出会ったのが、僕のような人で」

「まさか!! 何故そのように思うのかしら? 貴方はとても素敵よ。これまで会ったどんな男性も敵わないくらいに」

「だってこんな黒髪は珍しいでしょう? 街では気味悪がって誰も近寄らないよ。悪魔に呪われてるなんて言われる。なのに貴方ときたら、ちっとも怖がったりしない。僕が怖くないの?」

「そんなわけないわ。その髪だってとても素敵よ。神秘的で、艶があって、白肌を際立たせている。怖いだんんて、とんでもない」

 オリバーの言葉にフェノスは破顔して笑った。

「そんなふうに言ってくれるの、オリバーが初めてだ! 僕はオリバーのような金髪に憧れてる。いいな、お日様のように輝いていて、とても綺麗だ」

 今度はオリバーの髪にキスをする。オリバーはすっかり絆されてしまった。

 このままフェノスとの時間を過ごしていたい。しかしそう願うほどに、霧は消えていく。

「あぁ、そろそろ行かないと。名残惜しいけれど、戻らなきゃ」

「フェノス、私たち、また会える?」

「もしも会えなければ、僕はきっと寂しくて死んでしまう」

「私も、同じ気持ちだわ」

「また、きっと会おう。どうか、僕を探して。この広い森でもう一度会えたなら、本当の運命だと証明される」

 約束を交わし、それぞれの街へと帰っていく。

 

 しかし、その後何度森へ行ってもフェノスは現れなかった。周りの人はみな、夢を見たんだと言ってオリバーに諦めろと促す。けれどもオリバーは確かにフェノスに会って恋をした。

「彼だって、きっと私を探しているわ。あの森で、私を」

 オリバーは聞く耳を持たなかった。雨の日も風の日も、誰がどれだけ止めても無駄だった。

 やがてフェノスに会えない悲しみから食欲が落ち、何も手につかなくなっていく。

 げっそりと痩せ細り、体力のなくなったオリバーはベッドで過ごす日が増えていった。それでも頭の中にいるのはフェノスだけ。いつかまた会える。どうか、彼とまた会わせてください。私たちが運命なら……神に祈る毎日も虚しく、遂にオリバーはフェノスに会えない寂しさを胸に抱えたまま自らの生涯を終えた。


 友人はオリバーの最期に悲しみを露わにした。

 恋に溺れるような人ではない。そんな彼女は本当に運命の男性に出会っていたのか。恋煩いを起こすほど、その人は素晴らしい人なのか。

「じゃあ、何故その彼はオリバーに会いに来ないのよ?」

 友人の一人であるニーナは激憤する。

「私、森へ行って本当にその人がいるか確かめるわ。そして万が一その男に会ったら、私の大切な友人を返せって言ってやるんだから」

 ニーナはその日から森へ通った。

 オリバーは勿体ぶるように名前すら教えなかった。容姿も性格も、どこから来たのかさえも。僅かな情報はこの森のどこかで出会ったということだけ。当然、進展がないまま時間だけがすぎていく。

 やがて何日も通っているうちに、徐々にニーナの様子にも異変が見られ始める。それはオリバーの症状とよく似ていた。数ヶ月後、ニーナはオリバーと同じ結末を迎えることとなる。

 その噂は瞬く間に広まっていったが、あの森へ通い詰める人はその後も後を絶たない。きっと人を惑わす妖精にでも出会ったからだと囁かれるようになり、遂にその調査に騎士団が乗り出した。


「ライセル、アルマティアの森の噂を知っているか」

 騎士団長であるカディスから声をかけられたのは、新人ながらも実力を高く評価されているライセルだった。

「えぇ、噂を聞いたことがあります。自ら命を絶った人の死因が全員恋煩い……とても信じられません」

「しかし事実だから仕方ない。ただの神話だと思っていたが、約百年前にも同じような事例があったと聞く。目を瞠るような美男子に誘惑され、恋焦がれても二度と会えない。そうして、拗らせた想いを胸に自ら命を絶つ……」

 騎士団長室で、カディスは拳で机を叩いた。この事件に頭を抱えているのには理由がありそうだ。ライセルは彼の言葉に違和感を覚え、訊ねる。

「神話……と言いますと?」

「妖精だ。あの森には昔から妖精がいると伝えられてきた。実際に見た者はいないが、もし本当に妖精がいるとして、出会った人を死に追いやっているのだとすれば、騎士団として放ってはおけない」

「妖精なんて……いえ、失礼。亡くなる人が続出している今、放置はできません。真相は突き止める

 べきです。早速、明日から森へ調査に向かいます」

「頼んだ。ルヴァンにも声をかけている。何か分かれば報告するように」

 ライセルは騎士団長室を後にし、深くため息を吐いた。

「妖精だって? そんなのは絵本の中の話だろう。どうせ犯人が変な薬でも盛ったに違いない。嫌な仕事を引き受けてしまった」

 ルヴァンに声をかけ、手分けして森を見回ろうと話し合う。

「どうせ、ただの噂だろう。適当に歩いてみて不審な点はなかったと報告すればいいだけの話だ」

「何もなかったと領民に説明しなければ収集がつかなくなったんだろうな」

 子供の頃から共に騎士団員になるための鍛錬を行なってきたルヴァンとライセルは、お互いに考えは同じだと判明して安堵した。

「妖精なんかいるものか」

 この時はまだ、そう信じて疑わなかった。

 

 翌日、約束通りに朝からルヴァンと森へ入る。

「俺は東を回る。ライセルは反対を頼む」

「了解。では、後ほどここで」

 バラバラになり、森の奥へと進む。

 自然豊かなこの領地はアルマティア伯爵の領地で、この森のおかげで農林業から商業まで潤い、街はとても潤っていた。アルマティア伯爵は評判の言い領主で、『領地が潤うと治安は必然的によくなる』と常日頃から口にしている。その証拠に、アルマティアは広大な土地を所有しているにも関わらず、貧富の差はないに等しい。大きな事件も起こらない。せいぜい飲んだくれの喧嘩くらいなものだ。そんな街の女性ばかりが狙われたのでは、流石に無視はできないだろう。

 とはいえ、妖精などという神話は信憑性に欠けすぎている。人は何かと理由を欲しがる。得体のしれない恐怖をそのままにしておくのが、一番の恐怖なのだ。

「ここで時間を潰すよりも、もっと別の調査をするべきだと思うけどな」

 一人で森を歩きながらライセルは文句を零す。


 ライセルの予想通り、何も起こらないまま随分と森の奥まで来てしまっていた。

「あぁ、風が心地いい。小鳥の囀りにも癒される」

 仕事でもあまり森の奥深くまで踏み入れる機会はなかった。辺り一面緑に囲まれ、少し先には赤く熟した果実がたわわに実っている木々も見える。降り注ぐ木漏れ日に照らされ草木が輝いている。

 ライセルは大きく深呼吸を繰り返し、さらに奥へと足を踏み入れた。

 嫌々来たものの、こんな素晴らしい自然に囲まれむしろラッキーだったとライセルは思った。

 天を扇ぎ、肩の力を抜いた瞬間、風が止んだ。

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