表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

茶の賢者バルフォア ~他人の夢を追いかけた末路は、永遠に酒に溺れる人生。だが余命3年の王女に救われ、自らの夢を追いかける~

 バルフォアには心酔している人物がいた。サルマンだ。


 人間が世界の頂点であるという考えを盲信し、狂信し、崇拝していた。サルマンがドワーフを殺すことを陰ながら支え続けていた。


 世界のふもとへ旅に出るとサルマンが言い出した時、一緒に行くというのはバルフォアにとって当然のことだった。


「世界のふもとか」


 たどり着いた世界のふもとで、バルフォアに贈り物が授けられた。

 それは、魔法と永遠の命。

 だがこの時はまだ、バルフォアの人生は始まってすらいないと言える。


 なぜなら、バルフォアはただ他人に心酔しているだけだったからだ。自らの足で人生を歩んでいるとは言えない。


 旅の間にバルフォアは、果たして人間は世界の頂点なのかという疑問を心の奥底に追いやっていた。サルマンが正しいに決まっている。人間の街より遥かに立派なエルフの都市を見ても、人間が世界の頂点であるということを盲信し続けていた。


 世界のふもとで授かった魔法と永遠の命。バルフォアにとってこの出来事が、サルマンへの狂信から抜け出す契機となった。


 この世界の頂点は世界樹だった。


 人間ではなく、世界樹が頂点だった。世界のふもとに立ち、世界を照らす太陽を創り出す世界樹。そして人間に魔法と永遠の命を授ける世界樹。世界樹から人間が魔法を奪ったのではない。人間が世界樹から魔法を授かったのだ。この違いは大きい。


 そしてあろうことか、当のサルマンは世界樹から授かった魔法を使いこなそうとしていた。世界樹から魔法を奪おうとはせずに、授かった魔法で満足していたのだ。そんな姿にバルフォアは失望した。


 人間が世界の頂点であると崇拝していたことは間違いだったのだ。


 バルフォアにはもう、なにもない。心酔できるものも、盲信できるものも、狂信できるものも、崇拝の対象もない。


 サルマンを追いかけるだけだったバルフォアには、人生がない。


 人間というものは幼い頃から自分の夢を見るものだ。信仰心を持つのは悪いことではない。だがバルフォアは、ただサルマンに心酔していただけ。それはサルマンの人生であって、バルフォアの人生ではない。


 幼い頃の夢は、やがて人生の目標となり、そして人生そのものになる。サルマンの夢を追い、サルマンの人生の目標を追い、サルマンの人生そのものになろうと心酔していたバルフォア。


 バルフォア自身の夢と目標と人生を取り戻すには遅すぎた。年齢を重ねすぎていた。


 サルマンや他の仲間と共に人間と他種族の戦いに巻き込まれている間、バルフォアはなにも感じない。黄金のドラゴンに語りかけられても、なにも感じない。賢者と呼ばれるようになっても、なにも感じない。サルマンと離れることになってもなにも感じない。


 戦いが終わった後、バルフォアはなにもしなかった。することもしたいこともなかった。

そのうち死ぬことになるだろう。そんなことを思いながら無為に時間を過ごす。


 賢者の一人である黒の賢者ルイスが魔物を率いて世界を蹂躙し始めたと聞いても、特に思うことはなかった。ただ、そろそろ死にたいと思うようになっていたバルフォアはルイスの所へと向かう。世界が蹂躙されるついでに殺されようかと考えたからだ。


 黒の賢者ルイスの前に立ち、魔物に喰われ続けた。だが不思議なことに、死なない。疑問に思っているとルイスから、賢者は決して死ねないと宣告された。


 夢も目標も人生も持たないバルフォア。これ以上生きることに、もう耐えられる状態ではなかった。魔物を率いて横を通り過ぎるルイスの後ろ姿が消えるころ、バルフォアは自暴自棄になっていた。


 死にたい理由があるわけではない。だが生きたい理由もない。そのうち終わるはずの余生を送っていただけのバルフォアにとって、余生が永遠に続くことは苦痛でしかない。


 バルフォアは自らの魔法の力を使うことにした。酒の魔法。無尽蔵に酒を生み出すことができ、バルフォアは酒の中に溺れることにした。


 かつて心酔していた体は酒に酔う。かつて盲信していた頭は盲目になる。かつて狂信していた心は完全に狂う。かつて崇拝していた精神は酒にのみ注がれる。


 そして、途方もない時が過ぎた。


 バルフォアに呼びかける人がいた。ファニーだ。

幼い頃に世界のふもとへ行く夢を持ち、今まさに世界のふもとへ行く人生の目標を追いかける余命が3年しかない王女。世界のふもとにたどり着いたあとの、たどり着けなかったあとの人生がないファニー。


 酒に酔った体にも、ファニーの夢は浸透していた。夢見て行ったわけではなかったが、世界のふもとの光景が体に刻み込まれていたからだ。


 酒で盲目な頭でも、ファニーの目標が無謀だとわかった。世界のふもとまでの長い旅のことをバルフォアはよく覚えていた。他になにもしていなかったからだ。


 酒で狂った心にも、ファニーの人生は広がっていた。長い余生を送っていたバルフォアにとって、短い人生を駆け抜ける姿が羨ましかったのだ。


 だが酒にのみ注いでいた精神を、ファニーに注ぐようなことはしなかった。夢も目標も人生も持たず、サルマンの夢と目標と人生を追いかけてしまっていた自分を戒めていたからだ。


 サルマンに注いでいた精神を、ファニーに注いではいけない。酒にのみ注ぎ続け、酒に溺れるのが自分にとってふさわしい。バルフォアはそう考えていた。


 だからこそ酒の量が増えてしまった。ファニーに呼びかけられることで、正気に戻るべきではないと感じていたからだ。もっと酒に酔いたかった。もっと盲目になりたかった。もっと狂いたかった。もっと精神を注ぎたかった。


 そんなバルフォアのことを、ファニーは見捨ててくれなかった。酒を控えるようにと言われ、消え去ろうとすると連れ戻される。


 そのうち飽きて捨てるだろう。などと考えながらバルフォアは周りに目を向けた。


 ファニーと共に旅をしている人の中に、見知った顔もいた。黒の賢者ルイスに、青の賢者リズ、そして白の賢者サルマン。


 酒に酔った体でなければ、見知らぬ顔にも目がいったであろう。だが、知ってる顔のことしか見えなかった。


 酒で盲目な頭でなければ、疑問に思うことは多かっただろう。だが、見知った顔がいるという以上に考えられることはなかった。


 酒で狂った心でなければ、言うべきことはいくらでもあったであろう。だが、かつて心酔していた顔をただ見ているだけだった。


 酒にのみ注がれていた精神は、注ぐ先を変えることはない。


 はずだった。


 ファニーは傷ついていた。体を傷つけていたのは白の賢者サルマンだった。頭を傷つけていたのは青の賢者リズだった。そして心を傷つけていたのは黒の賢者ルイスだった。


 世界のふもとへ行きたい。そんなファニーの夢を叶えるために旅をしていた3人の賢者が、全員揃ってファニーを傷つけていた。


「君はもう、用済みだ」


 黒の賢者ルイスがファニーに言い放っていた。酒に酔った体では、その背景を知り得ない。酒で盲目な頭では、その意味を掴みきれない。だが酒で狂った心だからこそ、その意図が理解できた。


 ファニーは裏切られたのだ。きっと黒の賢者ルイスの心は狂っているのだろう。きっと青の賢者リズの頭は盲目なのだろう。きっと白の賢者サルマンの体は自分に酔いしれているのだろう。


 打ちひしがれているファニーの背中を優しく撫でる賢者がいた。緑の賢者マリーだ。黒の賢者ルイスに戦いを挑む賢者がいた。黄の賢者ケビンだ。青の賢者リズに呼びかける賢者がいた。赤の賢者メグだ。そして白の賢者サルマンに激怒する賢者がいた。灰の賢者オリバーだ。


 酒にのみ注がれていた精神は、バルフォア自身に注がれていく。


 十人十色。ここに至るまでに、それぞれ夢を見て、それぞれの人生の目標を追い、それぞれの人生を歩んできたはずだ。そして傷つけられているファニーと、争い合う賢者達。


 バルフォアには夢も目標も人生もない。


「だったら今、取り戻そう」


 酒に酔った体で夢を見た。世界のふもとにたどり着いたファニーが笑う夢を見た。裏切られ地面に打ちひしがれている姿ではなく、叶わないであろう夢が叶い笑っている姿を夢見た。


 酒で盲目な頭で目標を立てた。世界のふもとにまた行こうという目標を立てた。もしかしたらファニーはもう世界のふもとへ行く気はないのかもしれない。だとしてもバルフォアの目標であることは変わらない。これはファニーの目標ではなくバルフォアの目標なのだから。


 酒で狂った心で人生を決めた。世界のふもとで酒をふるまい、狂った心を取り戻す人生。バルフォア自身の狂った心だけではない。この世界に蔓延る狂った心を全て取り戻す人生だ。


「俺は、バルフォアだ」


 ファニーのための人生ではない。それではサルマンに心酔していたときと同じになってしまう。夢はキッカケでしかないが、それでいい。目標は通過点でしかないが、それでいい。人生に意味はないかもしれないが、それでいい。


 バルフォアは完全に酔いから醒めていた。その手に持った盃は酒で満たされている。溺れるための酒ではなく、場を清めるための酒。


 賢者の戦いの中にバルフォアは身を投じた。炎や水が飛び交い、鏡の盾がそれらを反射し、塩と札が猛威を振るい、怪我を木が治し、謎の米までそこかしこにある混沌とした戦場。


 酒の魔法が戦場を狂わせた。全ての魔法を無効化していく。


 魔法が使えなくなり、賢者同士の争いは沈静化した。そしてバルフォアは全員に呼びかけた。争わず、わかり合えないのかと呼びかけた。叶うのであれば全員で酒を酌み交わせないかと思っていた。


「ルイス。あなたには人の心が残っていないの?」


 緑の賢者マリーの言葉だ。打ちひしがれているファニーの背中をずっと撫でていたマリーにとって、黒の賢者ルイスの行いは許しがたいものらしい。世界のふもとを夢見ているファニーのことをダマし、共に旅をするふりをしながら実際は封印された黒の賢者自身の力を解放ために利用していただけということだった。


「人であることを捨てた君たちに、言われたくないね」

黒の賢者ルイスの言葉だ。その真意をバルフォアは知り得ない。灰と青の賢者はなにかを知っているかのような素振りだったが、その口を開くことはなかった。


 人生が始まったばかりでなにも知らないバルフォアにとって、なにも知らないからこそルイスの真意を聞くべきだと感じていた。だが、それを聞く時間はない。


 賢者同士の激しい戦いに関与できずにいたエルフが、ルイス達を攻撃し始めたのだ。自分を取り戻したばかりのバルフォアは近くにエルフがいることすら気づいていなかった。


 酒によって魔法を無効化されたルイス達をエルフは苛烈に攻め立てた。それだけなら止める手立てがいくらでもあったのだが、攻撃の矛先はファニーにも向けられてしまっていた。


 裏切られたとはいえ、今までルイスと共に旅をし、封印された黒の賢者の力を解放することに協力していたファニー。ルイスを危険視しているエルフにとって詳しい事情などどうでもいいことのようで、問答無用で殺そうとしていた。


 ファニーを守ろうとする賢者がいた。緑の賢者マリーだ。立ち去ろうとする黒の賢者ルイスを追う賢者がいた。黄の賢者ケビンだ。立ち去ろうとする青の賢者リズを止める賢者がいた。赤の賢者メグだ。そして灰の賢者オリバーは身動きが取れないでいた。白の賢者サルマンのせいだ。


 バルフォアはマリーと共にエルフからファニーを守ろうとした。だが茶の賢者の酒の魔法と緑の賢者の木の魔法は本来戦うことに適していない。酒でエルフの魔法を無効化できても、エルフの剣を防ぐことはできない。木でエルフの剣をある程度防げても、すぐに斬り伏せられてしまう。


 守りきれない。最悪の結末をバルフォアが覚悟した時、ファニーが黄金の鱗を空へ掲げた。それは黄金のドラゴン、ラウレリンの鱗。


 時が止まったようだった。ドラゴンの鱗を見た瞬間、エルフの剣が止まる。ルイス達は立ち去ってしまったが、残された者の間に緊張が走っていた。


 バルフォアは張り詰めた空気を敏感に感じ取っていた。世界の調停者であるドラゴン。かつて語りかけられたときになにも感じなかったが、それは自分を取り戻す前の話。今となっては、ただ到着を待っているだけの緊張感すら伝わってきた。


 これが人の人生か。バルフォアは自分を取り戻していることを実感していた。なにも感じなかった過去とは全く違う。人生を取り戻したからこそ得られる感情。


 遠くに黄金の巨体が見えた。誰もが固唾を呑みながら到着を待ち、そしてラウレリンが飛来した。


「ラウレリン。お前、こうなることを知っていたんだ。知っていてなにも教えてくれなかったんだ」


 声の主はファニーだった。張り詰めていた空気がさらに張り詰める。ファニーの言葉選びにバルフォアは驚いていたが、ラウレリンは気にしていないようだった。それどころかラウレリンの目は落ち着いていた。


「そうですか。ルイスは行ってしまいましたか。ええ、その通りです。こうなることは予見していましたよ」


 悪びれる様子もないラウレリン。ファニーがなにも言い返せないでいると、エルフ達が主張し始めた。危険人物であるファニーを、この場で処分すべきだと主張し始めた。


「いえ、それには及ばないでしょう。ファニーさん、ルイスのことは忘れて少ない余生を過ごしなさい。それがファニーさんの幸せのためですよ」


 優しく語りかけるラウレリンの言葉を、ファニーは納得していないようだった。それどころか激しく反発しているようだった。ファニーの夢と目標と人生が大きく関わっているのだろうとバルフォアは感じていたが、全てを知っているわけではない。


「うるさい。またそれ。私のためだって、私の幸せなんだって。聞き飽きるくらい聞いてきた。結婚することが私のためだって、子供を生むことが私の幸せなんだって、私じゃない人にどうしてそんなことがわかるの?私は、ルイスと世界のふもとへ行きたかった。それだけなのに、なのに、どうして?せめて、せめてちゃんと理由を聞かないと。なにも知らないまま先に進めるわけない」


 バルフォアは黙って聞いていることしか出来なかった。ファニーの人生を知らないからだ。わかることと言えば、ファニーがルイスのことを追いかけようとしていることと、ラウレリンがそれを止めようとしていること。


「ファニーさん、ルイスにはルイスの事情があるのです。その全てを伝えるわけにはいきませんが、これだけは確実です。ルイスを追いかけたとして、その先にファニーさんの幸せはありませんよ。絶対にです」

「だから、その事情を知りたいって言ってるの」


 引き下がろうとしないファニーと、目を細めながら思案しているラウレリン。見かねたのかマリーが割って入る。


「ラウレリン様。ルイスの事情を話せないのは何故ですか?あいつはファニーの人生を台無しにしたんですよ?気を使う必要なんてないじゃないですか」

「おや?ご存知でないのですか。まぁいいでしょう。ルイスにも同情の余地があるのですよ。本人の了解も得ずに、勝手に事情を話すわけにはいきません」


 一体どんな事情があるのだろうか。ずっと目を伏せている灰の賢者オリバーは事情を知っているのだろう。だが問い詰めても意味がなさそうだった。事情を知るラウレリンが口を開かないように、同じ事情を知っていたとしてもオリバーが口を開くわけがないのだから。ここまで来てなにも言わないのだから。


「いいでしょう。可能性は限りなくゼロに等しいですが、ファニーさんがルイスを止めてくれるかもしれません。このままでは私はルイスと争わなければならないのですが、そうなることは本意ではありません。わずかな可能性であっても、あるに越したことはありません。自由にさせてあげなさい」


 それは未だにファニーを敵視しているエルフに向けられた言葉だった。異を唱えるエルフだったが、世界の調停者であるドラゴンの決定を覆せるほどのものではない。


 灰の賢者オリバーと赤の賢者リズ、そして黄の賢者ケビンはエルフと共に立ち去っていく。ルイスの暴走を止めるつもりらしい。ラウレリンもどこかに飛び去ってしまう。


 残ったのはファニーと緑の賢者マリーと、そして茶の賢者バルフォア。


 バルフォアはただの傍観者でしかなかった。当たり前のことだ。今まで自分の人生を歩んでいなかった者が、他人の人生に関与できるわけがない。


 だがこれからは違う。世界のふもとに行こうというバルフォア自身の夢と目標と人生を持ち、そして同じく世界のふもとへ行こうという他人の夢と目標と人生を応援する。


 バルフォアは人生を実感していた。生きるとはどういうことなのか実感していた。これからのことを話し始めたファニーとマリーの輪に、自然と溶け込むことが出来た。


 人生になったのだから。もう一度、

あの日夢見た世界のふもとが


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ